2022年2月下旬、ロシアによる突然の侵攻によって「戦地」と化したウクライナ。そこでは人々はどのように暮らし、いかなることを感じ、そして何を訴えているのか。日々のニュース報道などではなかなか窺い知ることができない、戦争のリアルとは。
気鋭のジャーナリストが描き出す、いま必読の現地ルポ・第6回。
■フルート奏者の韓国系アメリカ人との思わぬ出会い
「予定は未定」とはよく言ったものだ。
「あれ、日本人じゃないですかね」
ガソリンスタンドのトイレの前に立つアジア系の人を見つけて、八尋さんが言った。私たちは前線の街ハルキウに行くべきかどうかを判断するために、その手前のポルタバへ向かう道中だった。早速、八尋さんが車を降りて声をかけている。
「人道支援物資を届ける活動をウクライナ人の仲間としているんです。これからハルキウに向かうところです」
アジア系の男性は、訛りのある日本語でそう答えた。聞くと、彼はソン・ソルナムさんという韓国系アメリカ人でフルート奏者。知名度を活かして、いろんな人道支援活動をしていると言う。小さい頃に日本で暮らした経験もあるそう。続けて彼が言った。
「あのー、一緒にハルキウに行きたいですか?」
フットワークが軽い人は、誘うのも早い。まだ覚悟ができていない私は言葉に詰まってしまった。
「えーっと、明日。明日、僕たちはハルキウに行くのでそこで会いましょう」
そう八尋さんが答え、連絡先を交換して別れた。
アンドリの運転する車に戻って再びポルタバへの道を進む。しかし、なんとも言い難い気持ちになってきた。八尋さん一人だけだったら、もしかしたらこのままハルキウまで一緒に行っていたのではないか。私のせいで今日の取材を諦めたとなればそれはとても心苦しい。
というか、人道支援団体に同行できるというのはもしかして私にとってもよい機会だったのでは。八尋さんに尋ねてみる。
「彼らは今日と明日、何をするんですかね?」
八尋さんがさっそく、ソンさんにメッセージを送って聞いたところによると、ハルキウにいる人たち16人を救出して、ポーランドまで避難させる予定だという。めちゃくちゃ気になるミッションだ。一瞬の沈黙ののちに八尋さんが言った。
「行きますか?」
一呼吸置いて答えた。
「行きましょうか」
アンドリには、「行きたくないなら断っていい」と十分念押ししたうえで、これから行き先を急遽ハルキウに変更してもいいかと尋ねた。
「オッケー」
意外にも軽く、落ち着いた答えが返ってきた。行き先変更。一路、ハルキウへ向かうことになる。
改めてソンさんたちとガソリンスタンドで合流して、簡単な打ち合わせ。と、思っていたら、再会するやいなやソンさんは大量の韓国海苔とカップラーメンを抱えて持ってきて、
「はい!!」
と渡してくれた。どこか彼はウキウキしていた。
「久しぶりにアジア人に会ったから嬉しい」
それは私も同じだ。自分と似たような顔を見ているだけでホッとする。しかし同時に彼はこうも言った。
「ハルキウはすごく危険です。とても危ないです。避難する人を車に乗せたらすぐに去ります」
ソンさんの言葉で、私たちの間に緊張が走る。
ガソリンスタンドの駐車場で我々は防弾チョッキとヘルメットを身につけた。
(余談だが私は防弾チョッキとヘルメットを、ウクライナのメディアセンターで借りた。ジャーナリストのために無料の貸し出しが行われているのだ。もちろん取材者が自分で持参するのが一番だし、ウクライナ軍でさえ物資不足に困っているのだから、本当に申し訳ありませんという感じなのだが、買うと数十万円 するうえにかなり重いのでこの貸し出しサービスはかなり助かった)
車に戻ると、アンドリがこっそり教えてくれた。
「ソンさんと一緒のウクライナ人に『ハルキウはそんなに危険なのか』って聞いたんだ。そしたら彼は『別にそんなことないよ』って言うんだ」
真相やいかに。
八尋さんは撮影の瞬間を逃さないよう、ソンさんたちの車に同乗することになった。私とアンドリは後続の車で追いかける。
ロシアによる侵攻で「戦地」と化したウクライナでは何が起こっているのか。 人々はどう暮らし、何を感じ、そしていかなることを訴えているのか。 気鋭のジャーナリストによる現地ルポ。
プロフィール
1985年三重県出身。2011年東京大学大学院修士課程修了。テレビ番組制作会社に入社し、テレビ・ドキュメンタリーの制作を行う。2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ ~イラク戦争 日本人人質事件…そして~』を監督。同作により第一回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。その他、ベトナム戦争や人道支援における物流などについてのドキュメンタリーをNHKや民放などでも制作。2018年には『命の巨大倉庫』でATP奨励賞受賞。現在、フリーランス。イラク・クルド人自治区クルディスタン・ハウレル大学大学院修士課程への留学経験がある。