ウクライナの「戦場」を歩く 第7回

ハルキウで死を覚悟

伊藤めぐみ

■さあ撤退と思ったら……

転がるように階段を降りて車に乗る。滞在時間は10分にも満たない。車を発進させる。

とりあえずこの場から去れることにホッとした。まだ少し震える手で私もスマホを取り出し窓から撮影をした。団地の前で座っているおじいさんやおばあさんたちがいる。慣れてしまったのか、なすすべのないことには立ち向かわないのか。そんなことを感じていた時だった。

団地の建物の外で座る人。4月21日の八尋伸・撮影動画より

『ボン! ボン! ボン! ボボボン!』

これまでにないほど大きな音で、続けざまに低い発射音が響いた。驚く間もなく次の音がした。

『バーッシャーン! バーッシャーン!』

我々のすぐ後ろで2つ重なるように着弾音がした。「怖い」と、脳が考え始めたのは覚えている。しかし状況を理解するよりも先に、次の衝撃が起きた。

『ビッシャーーーーン!!!』

真上で超特大の雷が落ちたような音がした。空気を引き裂くような衝撃だった。

前方の建物に着弾した瞬間。4月21日の八尋伸・撮影動画より
破片が頭上から降ってきた。4月21日の八尋伸・撮影動画より

『ボタボタボタボタボタ』

そこまではスローモーションのようだった。

おそらく砲弾は私たちから40、50メートル先の建物に着弾したのだろう。でも気分としては1、2メートル前に落ちたような感覚だった。車は急には停まれないし、アンドリの運転する車はその勢いのまま、着弾現場に近づいていった。

私は後部座席に座りながら何か大きな塊と、ひらひらと舞い降りてくる小さな破片をフロントガラス越しに見ていた。それから大粒の雨が降るような音がした。

私は座席の下に横になって隠れようとした。お腹だけ隠すことができなかったので、フロントガラスを突き破って破片が入ってきたら、腹が裂けて死ぬのかなと数秒の間に考えていた。

車が一瞬、スピードを緩め、それから八尋さんが「ゴーゴーゴー!」と言うのが聞こえた。きっと突っ切って逃げるのだ。

しかし、少し動いて停まった後、車は動かなくなった。

『ドシャーン、ゴォーーーーン、グォーーーン、ビシャーーーン』

ずっと銅鑼のような音が何重にも響いて聞こえる。体を座席の隙間に沈めながら恐ろしいゲームの世界に放り込まれてしまったようだと考えていた。

しばらく待つが、まだ車は動かない。最悪の事態を考えた。車が動かないというのは運転するアンドリが死んだということではないか。とんでもないことになった。私たちが取材を頼んだせいだ。彼の妻や子になんと説明したらいいのだろう。私は恐る恐る前の座席を見てみた。衝撃の光景が広がっていた。

誰もいない。

二人とも車から逃げ出していたのだ。「まじかよー」と思いながら急いで私も外に出る。でもどこに行けばいいのかわからない。とりあえずすぐそばの建物の出っ張りの下に隠れる。

前の建物の陰に人の姿が見えた。

「ここにいるよ!」

そう私は叫んだ。アンドリが仁王立ちしているのが見えた。

「めぐみ! どこ? 大丈夫?」

「ここ! 大丈夫だよ!」

オレクセイの仲間たちに「おいでおいで!」と言われ、何も上から落ちてきませんようにと祈りながら、3メートルの距離を走る。オレクセイたちは建物の地下室に逃げようとしていたのだ。

「一緒についてきていると思ったんです、すみません」

みなで階段を降りながら、八尋さんが謝ってくれる。車から出ようと伝えようとして、「ゴーゴーゴー!」と言ってくれたのだ。前を見ていれば、先を走るオレクセイの車が停まったことや、地下室の入り口が見えたことで意味がわかったのだろうが、怖さで縮こまっていた私は状況が把握できていなかった。謝る必要は全然ない。自分の身は自分で守るのが基本だろう。

オレクセイたちウクライナ人勢はワーワーと悪態をついている。全員が地下の狭い空間に揃うと、みなが一斉にタバコを取り出した。その行為をまじまじと見てしまう。喫煙者たちはそんな私の様子を見て大笑い。

「やめられないんだよ」

と言うアンドリ。食事の後も一服、仕事の後でも一服、そして砲撃の後でも一服なのだ。

地下の部屋でタバコを吸っていた面々。4月21日の八尋伸・撮影動画より

アンドリが教えてくれた。

「オレクセイたちが言うには、たぶんドローンが僕たちを監視していたというんだよ。それで建物から出てきたところを攻撃したかもしれないって」

証拠がないので本当かはわからない。でももし本当だとしたら人道支援団体が狙われているということだ。車を木の下など隠せる場所に停めなかったのもよくなかったらしい。そのまま地下で5分ほど待機して帰途についた。その時には立て続けにあった砲撃は止んでいた。

後で映像を見て計算すると、帰りの車に乗ってから、地下に避難するまで1分半、私が一人でいたのも15秒くらいだった。私には10分にも15分にも感じられたが。

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ウクライナの「戦場」を歩く

ロシアによる侵攻で「戦地」と化したウクライナでは何が起こっているのか。 人々はどう暮らし、何を感じ、そしていかなることを訴えているのか。 気鋭のジャーナリストによる現地ルポ。

プロフィール

伊藤めぐみ

1985年三重県出身。2011年東京大学大学院修士課程修了。テレビ番組制作会社に入社し、テレビ・ドキュメンタリーの制作を行う。2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ ~イラク戦争 日本人人質事件…そして~』を監督。同作により第一回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。その他、ベトナム戦争や人道支援における物流などについてのドキュメンタリーをNHKや民放などでも制作。2018年には『命の巨大倉庫』でATP奨励賞受賞。現在、フリーランス。イラク・クルド人自治区クルディスタン・ハウレル大学大学院修士課程への留学経験がある。

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ハルキウで死を覚悟