ウクライナの「戦場」を歩く 第7回

ハルキウで死を覚悟

伊藤めぐみ

2022年2月下旬、ロシアによる突然の侵攻によって「戦地」と化したウクライナ。そこでは人々はどのように暮らし、いかなることを感じ、そして何を訴えているのか。日々のニュース報道などではなかなか窺い知ることができない、戦争のリアルとは。

気鋭のジャーナリストが描き出す、いま必読の現地ルポ・第7回。
 

■少しずつズレていった選択

まさかこんな一日になるとは思ってもいなかった。安全には万全を期した決断のはずだった。

地下鉄への避難者を取材した翌日、私たちは再びハルキウを訪ねることにした。予定を相談している時に八尋さんにこう言われていた。

「昨日はハルキウで全然攻撃がなかったみたいなんです。不気味なんですよね。今日はその分、激しいと思うんです。あまり中心部まで行かないほうがいいと思います」

彼の意見に私も賛成し、地下鉄での取材を続けることにした。地下鉄であればシェルター代わりになっているだけあって、攻撃を避けられるからだ。

問題はどの地下鉄に行くかだ。昨日とは別のところを訪ねてみたい。アンドリがこう提案した。

「ハルキウでボランティアをしている友達がいるから聞いてみようか」

アンドリのインラインスケート仲間で、本業はファッション・デザイナーだという。聞けば外国の支援団体と協力して救急車を購入し、病院に寄付する取り組みをしていたそうだ。その彼に活動についてインタビューしつつ、地下鉄への避難状況も教えてもらおうというのである。

方針としては間違っていない。しかし、今から思えばこの時点で何かがズレていた。「安全情報」を得るために、どこにいるのかよくわからない彼に会いに行こうというのだ。ちょっと考えれば矛盾している行動だとすぐにわかるのだが、考えるべきことが多すぎて、この単純な問題を無意識のうちに避けていたのかもしれない。

ハルキウの街中。4月21日に筆者が撮影

訪ねると、彼は病院のベッドに横たわっていた。前線で負傷した兵士のために献血中だった。

「ハロー、ナイストゥミーチュー!」

遠慮がちに挨拶してみると、低く渋い声で返答があった。彼がお目当ての人物で、アンドリの友人のオレクセイ・マズロだ。ベージュの防弾チョッキを着ていて、軍人のように見えるが、「僕は民間人だよ」と言う。献血を終えた彼は私たちを誘った。

「よかったら、中心部にある僕らのセンターを紹介するよ」

断る理由はない。

「ぜひ」

こうして我々はハルキウの中心部に入っていった。もう動き出したら止まらないのである。

とは言ってもオレクセイは事前に、ハルキウ市内の北東部にあたる「サルティウカ地区」への攻撃が激しいことを教えてくれていた。センターはそこからは離れている。

たどり着いたのはスーパーの半地下倉庫のような場所で、たくさんの野菜や医薬品でいっぱいだった。

オレクセイ自身はコーディネーター的な立場で、各所にあるボランティア・グループと、支援の必要な人たちをつなげる役割を担い、配達などを行っていた。

倉庫にいるオレクセイ・マズロ。4月21日に筆者が撮影

忙しいオレクセイに代わって、ここに常駐している気の良さそうな大柄のお兄さんが中を案内してくれた。

「こういう人道支援の経験はこれまでにあったんですか?」と尋ねると、

「別に何もないよ! ラグビーを友達とやっていて、その仲間とここを運営しているんだ」

と答えてくれた。やるべきことをやっているという感覚からか、みな緊張感はあるが、表情は明るい。

厨房のある場所では女性たちが料理をしていた。やっぱり表情は明るい。前線の兵士たちのためのものだという。

向こうから歩いてくるボランティアの若者たちを見てアンドリが言った。

「へへへ、ニュー・スタイルだね」

彼らは長髪だったり、おしゃれにツーブロックのヘアスタイルだったりする。大きなピアスに、ダボダボのズボンを穿いている。そんな彼らが防弾チョッキを着て、さあ次に運搬する物資は何かと待ち構えているのである。

アンドリによると、ハルキウはアンダーグラウンド文化で有名なところらしい。ヒップホップやインラインスケートが盛んで、アニメショップもあるという。

私はここに来る前まではハルキウに陰気なイメージを持っていた。ロシア軍に侵攻当初から集中的に狙われ、ロシア文化も強い地域。ハルキウからの避難民の話を西部リビウの街で聞き、彼らの思いつめた表情から世紀末のような光景を想像していた。

しかし実際はハルキウにはエネルギーがあった。

「国外に避難した人より、残った人のほうが元気なんだよね」

そう誰かが言っていたのを覚えている。もちろんその人の置かれた状況にもよるが、目の前にやるべきことがある人は自分をまだ保つことができる。

センターに物資が運ばれるのを待ちながらふざけるボランティアの人たち。4月21日の八尋伸・撮影動画より

忙しいためどんどん先を歩くオレクセイを必死で追いかけながら、質問を投げかける。

「危ない目にあったりしないんですか?」

「そういう地区もハルキウ市内にはあるよ。サルティウカ地区は砲撃が頻繁にあるんだ。今日もそこに物資を運びにいく予定だよ。一緒に来てもいいよ」

最初に思ったのは「しまった、余計なことを聞いてしまった」だった。

八尋さんが行きたいと言うことは予想できた。同じく慎重派だと思っていたアンドリは、と様子を窺うと、

「レッツゴー! え、行きたくないの?」

あっけらかんとしている。昨日の地下鉄滞在以来、ふっ切れたようだった。

センターでの取材が一段落し、車の中で朝買っておいたサンドイッチを食べる。パサパサのパンをゆっくりと噛みながら、食べ終わるまでの間に答えを出そうと思った。

どうすべきか。本当に嫌なら八尋さんとアンドリだけで行ってもらうこともできる。二人から取材報告を聞く自分の姿を想像してみた。「全然大丈夫だったよ!」と言われているのか、あるいは「行かなくてよかったよ!」と言われるのか。それとも怪我をした二人を迎えている……?

もし行ったとして、これが「最後の晩餐」になることもあるのだろうか。いやいや、考えすぎではないか。24時間の間に2回から5回の砲撃なのである。

「決めた。私も行きます」

自分の目で見ておきたい気持ちが勝った。これからいろんな戦闘地域から逃れてきた人たちに会い、話を聞くだろう。たとえ一瞬にすぎないにしても、砲撃の下で暮らす人たちの感覚を持てることが、取材する人間として大事な気がしたからだ。ただ「怖かったんだろう」と取材相手の気持ちを想像するだけよりも、少しでもその恐怖を自分も感じながら話を聞きたかった。

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ウクライナの「戦場」を歩く

ロシアによる侵攻で「戦地」と化したウクライナでは何が起こっているのか。 人々はどう暮らし、何を感じ、そしていかなることを訴えているのか。 気鋭のジャーナリストによる現地ルポ。

プロフィール

伊藤めぐみ

1985年三重県出身。2011年東京大学大学院修士課程修了。テレビ番組制作会社に入社し、テレビ・ドキュメンタリーの制作を行う。2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ ~イラク戦争 日本人人質事件…そして~』を監督。同作により第一回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。その他、ベトナム戦争や人道支援における物流などについてのドキュメンタリーをNHKや民放などでも制作。2018年には『命の巨大倉庫』でATP奨励賞受賞。現在、フリーランス。イラク・クルド人自治区クルディスタン・ハウレル大学大学院修士課程への留学経験がある。

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ハルキウで死を覚悟