ウクライナの「戦場」を歩く 第8回

「人道回廊」のウソホント

伊藤めぐみ

2022年2月下旬、ロシアによる突然の侵攻によって「戦地」と化したウクライナ。そこでは人々はどのように暮らし、いかなることを感じ、そして何を訴えているのか。日々のニュース報道などではなかなか窺い知ることができない、戦争のリアルとは。

気鋭のジャーナリストが描き出す、いま必読の現地ルポ・第8回。
 

ハルキウから南へ300キロ。ドニプロ川が街の中心を流れるザポリージャに到着した。思いのほか平穏な街並みが広がっている。路面電車が走り、並木通りの緑が眩しく、公園で散歩する人たちまでいる。工業都市としても有名らしい。

「あ、あれだね、きっと」

フィクサーのアンドリが青とオレンジと白色で彩られた派手な装いの建物へとハンドルを切った。

■ある意外な場所が避難民受け入れ所に

ハルキウに3日間通った後、私たちはウクライナ南東部の街、ザポリージャに向かうことにした。

4月下旬、南東部の多くはロシア軍にすでに占領されていた。この地域ではロシア側に協力するスパイの内部工作もあり、またウクライナ側の兵力も十分ではなく、大きな戦闘もないまま初期の段階で占領を受け入れてしまったようなのだ。砲撃が相次ぐ原子力発電所もその一つである。

もちろん抵抗を続ける街もあり、同じく南東部にあるドネツク州のマリウポリでは激しい戦闘が行われていた。産科病院や多くの子どもが避難していた劇場が爆撃されるなど、マリウポリでのロシア軍の行動については国際的な批判も高まっていた。

南東部で緊張が高まる中、州都ザポリージャ市に関しては、占領の手はまだ及ばず、比較的安定が保たれていた。そのため締め付けが厳しくなったロシア軍の占領地や、戦闘の激化したマリウポリから多くの避難民が安全を求めて逃れてきていたのである。

国内外のテレビニュースでも、たくさんの避難民を乗せたバスが次々とザポリージャへ到着している様子を映していた。

占領地やマリウポリへ外部から取材者が入ることはほぼ不可能となっていた。そこで避難民から中の様子や避難の状況を聞くために、私たちはこの街へと取材に向かうことにしたのだ。

ザポリージャ到着初日に訪れた建物と駐車場。右側のバスの後ろに避難民休憩用のテントがある。4月24日に筆者が撮影

アンドリは広い駐車場に車を停めた。

この場所が「避難民受け入れハブ(拠点)」と聞いていた。

まずは青とオレンジが眩しい謎の建物の様子を窺ってみる。インターネットの記事に載っていた写真と聞き込みで、この建物を目印にしてやってきた。

何の場所なのか考えてもいなかったので、自動ドアの向こうを覗いてびっくりしてしまった。

「え、ホームセンターじゃん!」

思わず口に出た。なんとそこは日用雑貨全般を売る巨大ホームセンターだったのだ。「エピセンター」という名のウクライナ全国規模のチェーン店で、洗剤から家電製品、日曜大工の品などありとあらゆるものが売られている。驚いたことに避難民受け入れハブとなっているにもかかわらず、普通に営業もしているようだった。

このホームセンターはロシア軍の占領地域に通じる道に近い。

避難してきた人たちがすぐにこの避難民受け入れハブに来られるように、行政が中心となってこの巨大な駐車場を持つホームセンターを活用しているのだ。

それにしてもホームセンターに避難民ハブ。もうザポリージャの人たちには戦争が日常になってしまったのだろうか。

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ウクライナの「戦場」を歩く

ロシアによる侵攻で「戦地」と化したウクライナでは何が起こっているのか。 人々はどう暮らし、何を感じ、そしていかなることを訴えているのか。 気鋭のジャーナリストによる現地ルポ。

プロフィール

伊藤めぐみ

1985年三重県出身。2011年東京大学大学院修士課程修了。テレビ番組制作会社に入社し、テレビ・ドキュメンタリーの制作を行う。2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ ~イラク戦争 日本人人質事件…そして~』を監督。同作により第一回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。その他、ベトナム戦争や人道支援における物流などについてのドキュメンタリーをNHKや民放などでも制作。2018年には『命の巨大倉庫』でATP奨励賞受賞。現在、フリーランス。イラク・クルド人自治区クルディスタン・ハウレル大学大学院修士課程への留学経験がある。

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