WHO I AM パラリンピアンたちの肖像 第3回

義足で立ち上がったエリー

双子の妹が、彼女の負けん気に火をつけた

木村元彦
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(C)Paralympic Documentary Series WHO I AM

水泳には義足がいらない

 水泳とは、足を切断して8週間後にリハビリとして始めたことで出遭った。ビーチや湖やダムが無数に点在するオーストラリアでは泳げない子どもに会うことはないとも言われている。この水泳大国では水泳は人のたしなみとして捉えられているのだ。エリーもまたその一貫としてリハビリとは別にブリットと一緒に3歳で健常者と同じスクールに通うことになった。

 プールで片足のエリーが泳ぐとどうなるのか。両親も皆目見当がつかなかった。

 エリーはこう回顧する。「最初は、おかしな感じだった。何回もグルグル回ってしまったの」当然であろう。バタ足でもカエル足でも片方の足の動きをまったく止めてしまったら、反対の方向へのみ力は加わって前には進まない。ボートを片方のオールだけで漕げば、その場で回転するのみである。むごいことに、がんばろうと左足でキックをすればするほど、身体は回ってしまう。片足が無いということは、あたかも舵が傾いたままの船で航海に出るようなものであった。

 しかし、エリーは諦めなかった。ここから不断の努力を開始する。プールの中で回っても回っても絶望せず、前に進む意志を持ち続けた。やがて幼いながらも独自に試行錯誤を繰り返しては、バランスを身体の中心で取ることを覚えていく。左足は動かす、そして、その力を分散させないようにガチガチに鍛えた体幹で推進力に変えていく。中心軸を保つことでついに真っ直ぐに泳ぐこつを掴むのである。ついにプールの直線を泳ぎきった。

 「水泳までやり遂げた!」

 両親は望外のことに喜んだが、それで終わりではなかった。ここからエリーの負けん気の強さが発揮されていく。真っ直ぐには泳げるようにはなったのだが、スピードでは健常者である他の子供たちには叶わないのだ。それを仕方が無いとしてしまうエリーではなかった。

 「泳ぐとその度に引き離されてしまった。それが悔しくて絶対に負けたくないという気持ちから努力を続けたの。そして私はこの競技が気に入った。なぜなら水に入るときは義足をつけなくていいでしょ。いつも重い義足が足にめり込んでいないといけないというのは、心地よいものじゃない。それに私が真っ直ぐ泳いでいる姿を見れば、誰も私の足が一本とは思わないはず」

 義足をはめずにナチュナルな自分でいられる。他者から見られてもしっかり泳いでいれば、足が無いとは思われずにすむ。水泳を好きと言う理由は、負けん気の強いエリーが自身の境遇をどう考えているかを素直に吐露していた。

 エリーは泳ぎを学ぶプログラムを卒業した。

 「実はそれからバレリーナになりたいと考えていたの。でも足一本のバレリーナがピルエットをするなんて、できるわけがない(笑)。それで母から水泳のセッションを勧められて行きたい道が決まった」

 コーチが自分と同じフットボールチーム(メルボルン・デーモンズ)が好きだということから、フランクストンのクラブチームに入り、本格的に水泳に取り組んでいく道を選んでいった。

 

(C)2016-2020 WOWOW INC. 

 

 

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WHO I AM パラリンピアンたちの肖像

内戦で足を失った選手、宗教上の制約で女性が活躍できない国に生まれたアスリート……。パラリンピアンには、時に五輪選手以上の背景やドラマがある。共通するのは、五輪の商業主義や障害者スポーツに在りがちなお涙頂戴を超えた、アスリートとしての矜持だ。彼らの強烈な個性に迫ったWOWOWパラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ「WHO I AM」。番組では描き切れなかった舞台裏に、ノンフィクション執筆陣が迫る。

関連書籍

橋を架ける者たち 在日サッカー選手の群像

プロフィール

木村元彦

1962年愛知県生まれ。中央大学文学部卒業。ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト。東欧やアジアの民族問題を中心に取材、執筆活動を続ける。著書に『橋を架ける者たち』『終わらぬ民族浄化』(集英社新書)『オシムの言葉』(2005年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞作品)、『争うは本意ならねど』(集英社インターナショナル、2012年度日本サッカー本大賞)等。

 
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