WHO I AM パラリンピアンたちの肖像 第6回

宿敵イラン

サフェト・アリバシッチ 激動の時代に、シッティングバレーボールと出会う

黒川祥子

 2012年9月8日、ロンドン。8月29日から開催されたロンドンパラリンピックも残すところあと1日、シッティングバレー男子決勝戦が始まろうとしていた。決勝に残ったのは、ボスニア・ヘルツェゴビナとイラン。まさに世界の二強だ。

 ボスニアにとっては、前回の北京で敗れた雪辱を晴らす負けられない戦いとなった。

 このボスニアの鍵を握る人物が背番号10、エースアタッカーのサフェト・アリバシッチだ。

 1982年生まれで、当時29歳。12歳の時に内戦下の故郷の村で地雷を踏み、左足のかかとを失った。

 サフェトだけでなく、ボスニアの選手たちのほとんどが内戦で負傷し、下肢に障がいを負った者たちだ。キャプテンでセッターのサバフディン・デラリッチも、兵士として闘っている最中に負傷、右足を失った。

手足を使って移動する

 シッティングバレーは、生活の場面で使用している義足や装具を外して行う競技だ。チームメイトのほとんどが両手を使い、お尻を滑らせてポジションにつく中、サフェトは両足にシューズを履き、立ってコートに入る。両足にシューズを履いている選手自体、数えるほどしかいない。左足かかとのみの損傷は障がいの程度から言えば、足を切断したケースよりはずっと軽いと言える。皮肉なことにシッティングバレーの場合、サフェトのように片足を曲げて座る選手はどうしてもお尻が浮きやすく、ファウルを取られがちになるため、完全に脚がない方がむしろ有利なのだ。

 サフェトは歩いて自分のポジションまで行き、そこで座る。今回は、前衛センターからのスタートだ。

 サフェトは、シッティングバレーをこう語る。

「シッティングバレーは簡単なスポーツではない。まず、ずっと座っていないといけないし、その姿勢のまま、手足を使って移動しないといけない。ボールスピードが速いので気をつけないといけない。プレー中は、一瞬とも気が抜けないスポーツだ」

(C)Paralympic Documentary Series WHO I AM

 さらにこうも付け加える。

「何と言ってもスピードだ。シッティングバレーは狭いコートで行う。だからこそ、素早くいいポジションを取る必要がある。素早い反射動作、それに素早いアタックも非常に大事になってくる」

 不敵な面構え、相手を射抜くような鋭い眼差し。キャプテンのサーブを背中に意識し、ネットの前で両腕を上げて身構えるサフェトは、コートの外とは別人だ。目がケモノのように光る。

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WHO I AM パラリンピアンたちの肖像

内戦で足を失った選手、宗教上の制約で女性が活躍できない国に生まれたアスリート……。パラリンピアンには、時に五輪選手以上の背景やドラマがある。共通するのは、五輪の商業主義や障害者スポーツに在りがちなお涙頂戴を超えた、アスリートとしての矜持だ。彼らの強烈な個性に迫ったWOWOWパラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ「WHO I AM」。番組では描き切れなかった舞台裏に、ノンフィクション執筆陣が迫る。

プロフィール

黒川祥子

東京女子大学史学科卒業。弁護士秘書、業界紙記者を経てフリーに。主に家族や子どもの問題を中心に、取材・執筆活動を行う。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待~その後の子どもたち』(集英社)で、第11回開高健ノンフィクション賞受賞。他の著作に『子宮頸がんワクチン、副反応と闘う少女とその母たち』(集英社)、橘由歩の筆名で『身内の犯行』(新潮社)ほか。息子2人をもつシングルマザー。

 

 
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