WHO I AM パラリンピアンたちの肖像 第6回

宿敵イラン

サフェト・アリバシッチ 激動の時代に、シッティングバレーボールと出会う

黒川祥子

 1セット。豪快なアタックをサフェトが要所要所で決めるも、19対25でイランが先制。

 2セット。2点目を決めたのは、相手方ネット下に鋭く落とす、サフェトの壁のようなブロックだ。これで流れに乗るかと思いきや、ボスニアにミスが続き、3ー7とリードを許し、なかなか流れが掴めない。この嫌な流れを一掃したのが、サフェトだ。アタックライン中央に切り込む、角度ある豪快なアタックで4点目を取るや、ボスニアは連続得点を叩き出し、1点差にまで詰め寄る。

 シーソーのような拮抗が続く12点目、息の詰まるような長いラリーを制したのはまたもや、サフェトのアタックだ。2枚ブロックの間隙を縫った、スピードと重量感あるアタックがアタックライン手前に食い込むように炸裂。イラン選手は瞬間、手も足も出ない。

 接戦の末、25対21で2セットの勝者はボスニア・ヘルツェゴビナ。これで、1対1のタイだ。

「オレはここで得点しないといけない」

 勝敗を決すると言っていい、3セット。このセットをどちらが取るかで、金メダルへの流れが加速することは間違いない。

 イランが13対16と3点を連取し、ボスニアを引き離そうという流れを止めたのは、14点目のサフェトのアタックだ。レシーバーを吹き飛ばしたボールは、観客席まで飛んでいく。その後は長いラリーが繰り広げられ、20対20、21対21、22対22と両者、一歩も引かないプレーが続く。

 サフェトは、「ここだ!」と確信した。

「22対22の時だ。その時、カピテニがボールを高く上げたんだ。その瞬間に、いろんなことが決まるんだということが、オレの中ではっきりした。オレはここで得点しないといけない。思いっきり打った。ここが、試合の大きな潮目だった」

(C)Paralympic Documentary Series WHO I AM

 肩の可動域の広さを生かした、上から振り落とすような強烈なアタックがブロックを破壊、これで23対22。会場がうわーっと盛り上がり、頼もしいエースを讃えて、仲間がサフェトに駆け寄ってくる。

 24点目の得点も、サフェトだった。相手の隙をついた、正確なフェイントが見事に決まり、これで24対22。

 サフェトは冷静だ。相手をしっかり見ている。

「その時、オレは自分に言い聞かせた。イラン選手は疲れている。だから相手のアタックをブロックせず、アウトを狙う作戦に切り替えよう」 

 ボールが何度かネットを行き交った後、イラン選手がレフトからアタックを試みる。センターにいたサフェトはブロックするかと思いきや、すっと両手を落とした。一瞬のことだった。

「ずっと手を上げていたんだが、リスク覚悟で、相手がアタックする瞬間、手を下ろしたんだ。指に当てられないようにね。それでアウトになり、こっちがセットを取ったわけだ。このプレーは、試合全体の大きな転換点だった」

 イランのアタックはノータッチで、エンドラインを超えた。これでボスニアが2セットを連取、セットカウント2対1と、金メダルへ大手をかけることとなる。

 ボスニア代表監督のミルザ・フルステモビッチは言う。

「サフェトが普通の選手と違うところは、決勝戦など最も困難な時に素晴らしいプレーをすることだ」

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WHO I AM パラリンピアンたちの肖像

内戦で足を失った選手、宗教上の制約で女性が活躍できない国に生まれたアスリート……。パラリンピアンには、時に五輪選手以上の背景やドラマがある。共通するのは、五輪の商業主義や障害者スポーツに在りがちなお涙頂戴を超えた、アスリートとしての矜持だ。彼らの強烈な個性に迫ったWOWOWパラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ「WHO I AM」。番組では描き切れなかった舞台裏に、ノンフィクション執筆陣が迫る。

プロフィール

黒川祥子

東京女子大学史学科卒業。弁護士秘書、業界紙記者を経てフリーに。主に家族や子どもの問題を中心に、取材・執筆活動を行う。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待~その後の子どもたち』(集英社)で、第11回開高健ノンフィクション賞受賞。他の著作に『子宮頸がんワクチン、副反応と闘う少女とその母たち』(集英社)、橘由歩の筆名で『身内の犯行』(新潮社)ほか。息子2人をもつシングルマザー。

 

 
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