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過去を「知ろうとしない」ことはなぜ罪なのか

『鉄路の果てに』著者・清水潔氏インタビュー 【後編】

清水潔
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過去を「知ろうとしない」ことはなぜ罪なのか

 ここ数年、清水氏はドキュメンタリー番組「南京事件―兵士たちの遺言」(後に文春文庫『「南京事件」を調査せよ』として書籍化)、「戦争のはじまり―重慶爆撃は何を招いたか」、「封印〜沖縄戦に秘められた鉄道事故~」(2020年6月22日に日本テレビ系にて放送)といった骨太の戦争ドキュメントを世に送り出している。「悲惨な戦争を二度と起こしてはいけないと願うなら、戦争が引き起こされた経緯を知らなければならない」と語る清水氏に、今の日本はどのように映っているのだろうか。

ジャーナリスト・清水潔氏 (撮影:内藤サトル)

「知ろうとしない」ことの罪深さ

――清水さんは様々な場で「知ろうとしないことは罪」という言葉を繰り返しています。改めて、なぜ「知ろうとしないことは罪」なのか、うかがえますか。

清水 世の中、知らないことばかりなのは当たり前です。しかし、それよりも問題なのは無知な部分について「知ろうとしない」ことだと思います。

 私自身も戦争の知識を得たのは仕事で取材するようになってからで、祖父や父について調べるまでは日本とロシアとの関わりについても、ほとんど知りませんでした。

 そして「なぜ知ろうとしなければいけないのか」ということに対する答えは、過ちを繰り返さないためです。

 毎年夏になると新聞やテレビなどで戦争関連の特集が企画されます。そのほとんどは太平洋戦争の真珠湾攻撃以降の、沖縄戦、空襲、原爆といったような日本の被害者感情に重きを置いたものではないでしょうか。

「なぜ、こんな戦争が始まったのだろうか?」という疑問に答えてくれるものは非常に少ないし、日中戦争ではなぜ日本軍が中国にいたのか? とか、もっと前の日清・日露戦争にしても、なぜ朝鮮半島から中国大陸へと勢力を拡大しようと考えたのか、その理由を明確に説明できる人が今どれだけいるでしょうか。

 被害に目を向けて、「こんなことは二度と起きてはいけない」と思うなら、「戦争のはじまり」についても知らなければ、再び開戦の危機が迫ってもそれに気づくこともできません。戦争の被害体験ばかりがクローズアップされていて、その前に起きていた加害の歴史についてほとんど知らない戦争認識は歪んでいるし、国際的な感覚でも恥ずかしいことだと思います。

 ただ、これは日本にいて国内の情報だけを見聞きしていたら、なかなか気づけないことかもしれません。たとえば「南京大虐殺」をネットで検索したら、「南京大虐殺はなかった」という話が上位に出てきてしまうわけです。これらは正確性はないが日本人にとっては「気持ちのよい情報」なわけで、アクセスカウントはどんどん増えていきます。心地よいナショナリズムとしては「優しい日本人がそんなことをするはずがない」「中国の捏造だ」となっていくのでしょう。しかし英語で検索すると話はまるで違ってくるのです。

 私は大学で授業も行っていますが、学生たちに南京の話をするとき、「我々が生まれる何十年も前に起きたことについて、我々が責任を取るとか、謝らないといけないとか、そういう話ではありません」と前置きします。

「ただ、この国がかつてどんなことに関わってきたのか、事実を知らないと国際的な議論もできないし、これから先の未来のことも決められないはずです」と本題に入っていくと、身構えていた学生たちもちゃんと聞いてくれるようです。

――良いことも悪いことも含めて、まずは事実を知らなければ始まらないということですね。

清水 基本的なことを知らずに議論をしても、平行線になるばかりです。最近多い改憲論議にしても、「9条があれば攻め込まれないと思っているなんて、頭がお花畑だ!」などと言われることがありますが、日本国憲法の「前文」を読んでいれば、そんな批判が見当違いだということがわかるはずです。

「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」とあるように、憲法9条は日本が攻め込まれないためのものではなくて、日本が二度と他国に攻め込まないために、戦争を放棄したものでしょう。

 そもそも国側が守らなければならない憲法を、政府から発議して変えようとするのは論外です。憲法99条では「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」とあり、憲法は国側に遵守義務があるわけですよ。その縛られる側が規則を変えたいと言い出しているのです。そこに危機感を持つべきです。

 1980年代の初めには、日本国憲法の全文を大きな活字と写真で読みやすくした本(小学館『日本国憲法』)が大ヒットしましたが、今は国民が憲法に対して関心自体が低いということなんでしょう。大変残念です。

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プロフィール

清水潔

1958年東京都生まれ。ジャーナリスト。日本テレビ報道局記者・特別解説委員、早稲田大学ジャーナリズム大学院非常勤講師などを務める。新聞社、出版社にカメラマンとして勤務の後、新潮社「FOCUS」編集部記者を経て、日本テレビ社会部へ。著書は『桶川ストーカー殺人事件――遺言』『殺人犯はそこにいる―隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件―』(共に新潮文庫)、『「南京事件」を調査せよ』(文春文庫)など。2020年6月放送のNNNドキュメント「封印〜沖縄戦に秘められた鉄道事故~」は大きな反響を呼んだ。

 
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