対談

栗山英樹×佐山和夫 これからは「守備の九刀流」?

WBC優勝監督と殿堂入り作家が語り合う「野球のSDGs」・前編

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マイク・トラウトを打ち取った大谷翔平が、雄叫びとともにグローブを高々と放り投げた。あの歴史的瞬間から1年が経ち、今年も「球春」と呼ばれる季節がやってきた。NPB、MLB、高校野球。日々、野球の話題は満載だが、その陰で、スポーツとしての野球に危機が忍び寄っていることをご存じだろうか。WBC優勝監督で、大谷の「二刀流」という常識破りの育成を成し遂げた栗山英樹氏と、多くの著作で野球史を発掘し、その功績によって野球殿堂入りを果たした作家の佐山和夫氏。40年来の親交がある2人の対話は、「野球の持続可能性」をめぐる大胆な提言へと展開する──。

構成・高橋安幸 撮影・五十嵐和博

「栗山さん、遅ればせながら、WBCの優勝おめでとうございました。まことにご苦労さまでした。おかげさまで、日本国中が久しぶりに野球で興奮することとなりました」

 開口一番、栗山氏にねぎらいの言葉をかけた佐山氏。そのときの「興奮」もようやく落ち着いた時期だからこそ、侍ジャパンを世界一に導いた野球人にぜひ聞きたいことがあるという。

 今、野球の故郷アメリカを起点として、さまざまな意見が巻き起こっている。栄華を求めて咲き誇ってきた大リーグも、その横綱相撲的なゲーム運びに飽きる人も増え、人気に衰微が見られる。現地の友人との接点も多い佐山氏によれば、人々はワールドシリーズにも関心が薄くなり、「どことどこがやるの?」との声がもっぱら。それを尻目に「いつでも、どこでも」を合言葉にしたベースボール5(ファイブ)が世界的に広まってきているという。

 2026年開催のユースオリンピックにおいて、正式種目にもなったベースボール5。これは、投手からの球を手で打つ、道具不要の野球の原型というべきものだ。「純朴なゲームの魅力を忘れるな」とのメッセージを発信し、原点回帰を誘っている。

 言い換えれば、今のベースボールは原点からかけ離れたもの。歴史を振り返ると、途中に発生したさまざまな悪徳との闘いの歴史もあり、薬物汚染ひとつからでさえ、いまだに脱却できてはいない。クリーンで健康的なゲームとして、野球に長い生命を与えることはできないものか。できなくはない、と思いたい。今のベースボールに元気を与え、さらに大きく再生させるにはどうすればいいのか、栗山氏の考えを聞きたい--。佐山氏はそんな思いを抱いて対談に臨んだ。

佐山和夫氏、栗山英樹氏

佐山 じつは先日、ある映画を観ていて、気になるセリフを聞きました。主人公が突然、こう言うんです。「人生には、悲劇は二つしかない。一つは、いつまでたっても夢がかなえられない悲劇。もう一つは、夢をかなえてしまった悲劇。この二つだ」と。そしてその後に、こんな言葉が続きました。「この二つのうちで、悩みがより深いのは、後者だ」

栗山 ああ、そうかもしれないですね。

佐山 日本はWBCでアメリカを破って優勝した。夢をかなえてしまったわけです。だから、これからがむしろ大変なのかもしれない。今回の対談のテーマでもありますが、ベースボールが国技のアメリカでさえ人気が衰退していますし、実際、野球を取り巻く状況は厳しい。でも、私は「栗山さんなら何とかしてくれるだろう」と思っているんです。そういう気持ちで今日はここへ来ました。

栗山 こちらこそ、先生のご著書からはいろんなことを勉強させていただきましたので、今日は楽しみにしてまいりました。

大谷が6万個のグローブを寄贈した意味

佐山 昨今、「野球離れ」という言葉をよく耳にしますが、これはアメリカのほうが日本よりひどいかもしれません。「野球はゲーム時間が長くて、プレイヤーの動きも少なくて退屈だ」という声が多く、それを修整させる新ルールへの変更要請がたくさんあって、数珠つなぎになっているのを見てもわかります。

 しかし、じつはその前に別の理由もあります。離婚の増加です。今やアメリカでは、結婚する人の半分以上が離婚します。子どもたちが野球を好きになったきっかけは、たいてい、父親がキャッチボールをしてくれたからとか、バッティングを教えてくれたからとか、ゲームを観に連れていってくれたからだったといわれます。その父親の数が半分になったことによって、野球少年の数も、自動的に半分になったというわけ。かくて、まことに深刻な事態になったと。

栗山 確かに、それはそうかもしれないですね。みんな、お父さんとキャッチボールしてましたよね。

佐山 よくいわれる話に、アメリカ人は「野球やるぞ」と言ったらバット持って飛び出すけど、日本人はグローブ持って飛び出す。野球は打のゲームだというわけで、日米の違いはあります。

栗山 我々はグローブ、大事ですよね。

佐山 だから、大谷(翔平)選手が日本全国の小学校にグローブを贈ったというのは、なかなか象徴的ですね。しかも、左利き用を付け加えて、1校あたり3つも。

栗山 あっ、そうでした。いやすごいです、あれは。6万個はさすがにちょっとたまげましたね。参った、という感じで。それこそ「野球離れ」と言いますか、今、明らかに野球をやる環境がなくなってきて、道具も高いですし、子どものときに公園でキャッチボールもできない。だから翔平としては、小学生に野球に接してもらおうとしたときに、まずグローブだったんでしょうね。

 それに、今は幼稚園でサッカーをやるらしいですから。要するに、幼稚園が狭くて、サッカーボール1個だったらケガしないと。そこから小学校に入学して、サッカーから野球に転換させるのはむちゃくちゃ苦労するみたいで。そういうところを含めて翔平はわかっていて、6万個だったわけですよね。

佐山 ああ、そうか。偉いなあ。やっぱり、サッカーとか他の競技に比べれば、野球は、基本的なプレイの一番大事なところを習得するだけのことでも結構、時間がかかるんですね。打つというのだけでも相当に難しい。

栗山 ボールを打って、ボールを投げること、難しいです。キャッチボールだって、難しいですよね。野球という競技は難しいと思います。僕自身、難しいからはまる、難しいから繰り返しできる、という感じはあるんですけど。

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