━━その他に、町全体で取り組んでいる教育改革には、どのようなことがありますか?
鈴木 僕は、もう大量生産の中でのナンバーワンを目指す教育ではなくて、ここでしかできないオンリーワンを大事にしよう、とよく言いますが、その代表例がカヌーです。
僕が移住してきた時には既に、このまま行くと地域唯一の高校が無くなってしまう、という危機感に溢れていました。その唯一の高校が閉鎖したら、若い世代の人口流出は目に見えているし、移住の候補地にもなりづらくなってしまう。何とかしてそこを盛り上げないと、ということが喫緊の課題になっていたんですね。
それまでは、「少なくとも土佐町の子どもたちだけでもその高校に行かせるように」という感じで、守りの姿勢が目立っていました。でも、そうじゃなくて攻めましょう、ここでしかできない教育をやることによって、逆に日本全国から生徒を呼びましょうと提案したんです。
じゃあ、ここでしかできない教育って何だろうといろいろ考えました。そこでキーワードになったのが「水」でした。土佐町のある嶺北という地域は昔から水が豊かで、西日本最大の早明浦(さめうら)ダムもあるし、吉野川の支流があちこちにあります。そして高校にはカヌー部がある。
だったら超一流の外部指導者を雇って日本屈指のカヌー部を作りませんかと提案したんです。そしたら直属の上司であった役場の課長も町長も、すぐ、「やりや」とOKしてくれたのです。土佐町のような小さな自治体の良い所は、コンパクトな分だけ、やると決めたら行動が早いことですね。
それで知り合いの伝手をたどって、日本カヌー連盟と連絡を取ったら、もう喜んでくれちゃって。「それは日本のカヌー界全体にとって喜ばしいことだ。そういうことであればこっちも一生懸命やらせてもらおう」ということになって。
こちらとしては地域の存続を賭けたプロジェクトなので、本気で超一流の人を呼んでください、と頼みました。でもまさか、世界最強国のハンガリーから元世界チャンピオンを引っ張って来てくれるなんて思ってもいなかった(笑)。願ったり叶ったりです。
これもカヌーというマイナースポーツだったからこそできたことですよね。野球のようなメジャースポーツだったらできなかった。その上で、この地域の魅力である水という環境とうまくマッチした。これも「せっかく」がスタートでした。地元では、「嶺北には山と川とダムしかない」とも言われますが、せっかくこれだけ水が豊かなんだからっていう逆転の発想から、大きなプロジェクトにつながっていったわけです。
元世界チャンピオンのラヨシュ選手は、今、嶺北高校の外部指導者としてやっています。その彼のアシスタントとして、オリンピックを目指しているという若手日本人選手を地域おこし協力隊として雇いました。そうしたら、その選手、この前の全日本長距離選手権大会でいきなり好成績を出して、今年ポルトガルで行われる世界選手権大会への出場も見えてきました。
この春には嶺北高校で実際に、「カヌー留学」の制度ができますので、今後は全国から生徒を募集していくことになっています。
プロフィール
教育研究者。1973年神奈川県生まれ。16歳で米ニューハンプシャー州の全寮制高校に留学。そこでの教育に衝撃を受け、日本の教育改革を志す。97年コールゲート大学教育学部卒(成績優秀者)、99年スタンフォード大学教育大学院修了(教育学修士)。その後日本に帰国し、2002~08年、千葉市の公立中学校で英語教諭として勤務。08年に再び米国に渡り、フルブライト奨学生としてコロンビア大学大学院博士課程に入学。2016年より、高知県土佐郡土佐町に移住。現在、土佐町議会議員を務める。主著は『崩壊するアメリカの公教育:日本への警告』(岩波書店)。