━━教育と幸せ、ですか。もう少しだけ詳しく伺えますか。
鈴木 具体的な話をひとつしましょうか。僕がよくお世話になっている中華料理屋さんが近所にあるんです。そこの大将に、年末に「年明けはいつ開けるんかね?」って聞いたんですよ。そうしたら、キョトンとした顔で「へっ?」って言うんです。「いやぁ~、そんなのわからんよ。気が向いた時に開けるけぇ」って。
それを聞いて僕は「失礼しました」と思いましたよ(笑)。「年明けは何日から仕事始めですか」って、都会の人間にとっては普通の発想じゃないですか。その質問の意味が理解できないっていうのが面白くてたまらなくて。そもそもの価値観や評価の軸が違う。異次元!
その大将、「来るか来んかもわからんお客さんを待って、店なんか開けてられっか」ってよく言ってるんですよ。それで、暇があったらすぐに自転車やバイクを乗り回しに行っちゃうんだから。でも、こんな話を聞いていると幸せそうでしょう?
ダライ=ラマがこのようなことを言っていました。現代の人たちはとにかく「将来のため」と言って、色々なことをやろうとする。将来のために勉強もするし、老後のためにいっぱいお金を稼いだりもするし、何かあった時のために高いお金をかけて保険を買う。でも、結局は「今」生きることを忘れているのだ、って。
土佐町は貨幣は少ないんだけれども、暮らしは豊か。都会から見れば矛盾に映るかもしれないけど、ここの感覚からしてみると全く矛盾ではないんですね。
今の都会的な環境や教育を覆う閉塞感を見ていると、根本的なパラダイムシフトが必要なんだと思います。全国学力調査の点数をいかに上げるかなど、今みんなで躍起になって議論していることは、全くポイントがずれてしまっている可能性がある。その場合、解決策は今までの取り組みの延長線上からは出て来ないでしょう。むしろ、従来的な価値観からはかけ離れたところにこそ、可能性が眠っていることもある。
僕は土佐町という、ある意味「異次元」なこの場所で、あたらしい「幸せ」の価値観、そしてそんな「幸せ」と結びついた新たな教育のあり方を仲間と共に発信していきたいと思っています。
写真提供:前田実津 ※最後の棚田の写真のみ、鈴木大裕氏撮影
プロフィール
教育研究者。1973年神奈川県生まれ。16歳で米ニューハンプシャー州の全寮制高校に留学。そこでの教育に衝撃を受け、日本の教育改革を志す。97年コールゲート大学教育学部卒(成績優秀者)、99年スタンフォード大学教育大学院修了(教育学修士)。その後日本に帰国し、2002~08年、千葉市の公立中学校で英語教諭として勤務。08年に再び米国に渡り、フルブライト奨学生としてコロンビア大学大学院博士課程に入学。2016年より、高知県土佐郡土佐町に移住。現在、土佐町議会議員を務める。主著は『崩壊するアメリカの公教育:日本への警告』(岩波書店)。