プラスインタビュー

日本が世界に誇る“ノマド”的ギタリスト、村治佳織の今。

村治佳織

愛用のギターのこと

──さて、使用ギターの話を詳しく聞かせてください。近年のライヴは、やはりポール・ジェイコブソン(*1)がメインと言っていいですよね?

(*1)Paul Jacobson(ポール・ジェイコブソン/アメリカを代表するギター製作家):1992年製

そうですね。やっぱりジェイコブソン。割と3弦がよく鳴るので、弾く時の圧はそこまで強くなくても大丈夫なんです。練習ではロマニリョス(*2)で音色作りをします。木のパワーが強烈でロマネニリョスの方は弾くのは大変なんです。そこで指の力を蓄えておいて本番はジェイコブソンというパターンが最近は多いです。

(*2)Jose Luis Romanillos(ホセ・ルイス・ロマニリョス/スペイン・マドリード出身のギター製作家):1972年製、1990年製、2001年製トルナボス(後述)付き

──いずれにしてもネックは太いですね。太さは気にならないものですか?

細くしたいというよりは、全長のサイズが65cmなんですけど、これからおばあちゃんになったら64cmとか63cmにした方がいいのかなって、たま~に思ったりします(笑)。

中学生の頃、習ってた先生がジェイコブソンを勧めてくれました。ちょうど東京国際ギター・コンクールを受けるときだったのでコンクール向きの楽器だからと。今はもう製作されてないんですが。
デビュー・アルバム『エスプレッシーヴォ』(1993年)では全編をジェイコブソンで弾きました。

2作目『グリーンスリーヴス~シェイクスピアの時代の音楽』(1995年)での、ルネッサンスのシェイクスピア時代の音楽にはちょっとこなれた音というか、深い精神性の中という世界観を意識したことでロベール・ブーシェ(*3)を選びました。

(*3)Robert Bouchet(ロベール・ブーシェ/元画家で、20世紀フランス最大のギター製作家)

──ロベール・ブーシェはどんな機種ですか?

ブーシェはなかなかコントロールが大変な楽器という感じですね。特性を引き出すのに時間がかかるんです。割と深めのタッチを心がけて弦に圧をかけて音を引き出します。アルバム『シンフォニア』(1996年)でも弾きました。弾きこなすのは結構大変ですが本当にまろやかで深い音が出ます。レコーディングのときは楽曲も考慮し、使用楽器を選ぶ、といった感覚でした。

──アントニオ・デ・トーレス(*4)の特徴は?

(*4)Antonio de Torres(アントニオ・デ・トーレス/スペイン・アルメリア出身のギター製作家):1859年製

トーレスは弾き終えた音のサスティーン、つまり余韻が長くて美しいんです。
25周年記念アルバム『CINEMA』(2018年)の制作にあたって、当初は「ゴッドファーザー」「禁じられた遊び」などの1、2曲のみをトーレスで弾こうと思っていたんですね。初めてレコーディングするホール(水戸芸術館コンサートホールATM)にギターを4本持っていったのかな。それでトーレスを弾いたらレコーディングプロデューサーが「音の余韻が美しい!」と絶賛で、結局10曲以上、トーレスで録音することになりました。当初はトーレスがメインになるとは考えてなかったんですよ。

──アルバム『ディズニー・ゴーズ・クラシカル』(2020年)収録『リトル・マーメイド』の「パート・オブ・ユア・ワールド」もそうでしたね。

この時は、まもなくトーレスをお借りしていた方にお返しすることが決まっていたので、この楽器を私が演奏して、録音に残せるのはこれで最後だなと思いながら、レコーディングに臨みました。
先に、ロンドンで収録されたオーケストラ音源に合わせて、一音一音大事に弾きました。

──現在は1972年、1990年製、2001年製トルナボス付きのホセ・ルイス・ロマニリョスを3本所有されてますが、どんな違いがありますか。

72年製は私が17歳のときに出会ってから一時期ずっと使っていました。
何が良いかっていうとバッハ(ドイツの作曲家、オルガニスト。1685年〜1750年)も弾けるしスペイン系の楽曲も得意ですし、とにかくオールマイティーな楽器だと思っています。それで1弦から6弦までのバランスがすごくいいんです。
前所有者は演奏家ではなかったようで、ほとんど弾かれていない状態ですごくフレッシュでした。年代物ですが大切に使われてて。爽やかでありながら木は寝かされてる時間が長く、弾かれるのを待っていたかのようでした。

そのギターとは一緒にいろんな所を旅しました。思い出深いのはスペインで「アランフェス協奏曲」(ホアキン・ロドリーゴが1939年に作曲したギター協奏曲)を収録したときのことです。炎天下の中、DVD用動画も撮影したので、ギターにも日傘をあててたんですが、夏のスペインだと40度近い灼熱の気温で、それを超えたらギターがちょっと疲れちゃったかなって感じがしたんです。熱に楽器が影響されてしまい反省しきりでした。

──90年製はいかがですか?

常にエレガントなニュアンスを感じます。フランスの作品を弾くのに合う感じです。フランス語の響きって鼻濁音を使うちょっとくぐもった感じじゃないですか。そうした雰囲気が楽器にも感じられるんですね。

──スペック(仕様)としては変わらず?

大きさ自体は変わらないんですが、72年製の方がネックは少し太いですね。トレーニングのし甲斐のあるギターです。また、中音域がやや強めの楽器なのでそこら辺の音の出し方のバランスを常に考えています。

──2001年製は特注されたとか?

はい。私が弾く前提で製作していただいたギターなのですが、サイズはそのままフルスケールのもので、ロマニリョス従来の通りの作りで製作者は全く妥協してませんでしたね(笑)。やや弾きにくさも感じたので後から国内でネックを再加工していただきました。
このギターにはトルナボスという、木で作られた円筒がサウンドホールの中に入ってるので低音がすごく良く鳴りますよ。バッハや、重厚感のある楽曲向きですね。例えばノクターナルOp.70(ベンジャミン・ブリテン)とかにもすごくあいます。

──ライヴではヤマハ製の機種も使われてましたね。

そうですね。特にボサノバ調のリズム系のときはよりフィットします。
私が使用したヤマハのモデルはピックアップが内蔵されており、シールドでアンプに繋ぐので、よりパワフルなサウンドが特徴です。今回のライヴでは、開発されたものの商品化されてないモデルを使わせていただきました。

──ギターが変わると弾く際の意識も変わりますか?

やはりどこかで意識の変化は感じています。1弦がよく鳴る楽器もありますし3弦がよく鳴る楽器もありますし。元々、楽器が持っている音色も違います。常にそうした特性を頭に置いて弾くように心がけています。
弦は厳密に言うとそれぞれ太さが違うんですね。ですので、1弦と2弦の幅、2弦と3弦の幅というように弦幅も変わってくるわけです。それらは僅差なんですが、弾く際にはそれも頭の中で意識しています。

──使用する弦は?

サバレス コラム(Savarez CORUM)の低音弦と、オーガスチン インペリアル(AUGUSTINE IMPERIALS)の高音弦を組み合わせたものが「村治佳織オリジナルセット」としても発売されていますが、私はずっとその組み合わせを使用しています。

トーレスの研究家としても広く知られている、スペイン・マドリード出身のギター製作家「ホセ・ルイス・ロマニリョス」モデル。

サバレスとオーガスチンっていうのはいわゆる私の中では王道ですね。いろんなハイテンション弦、ローテーション弦とかもあるんですけど今、しばらくはこの組み合わせを変えず、進んで行こうと思ってます。

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プロフィール

村治佳織

(むらじ かおり)

クラシックギタリスト。幼少の頃より数々のコンクールで優勝を果たし、15歳でCDデビュー。パリに留学後、積極的なソロ活動を開始。2003年、英国の名門クラシックレーベルDECCAと日本人としては初のインターナショナル長期専属契約を結ぶ。出光音楽賞、村松賞、ベストドレッサー賞など受賞歴多数。CM、テレビ、ラジオなど、メディアへの登場も多い。2018年リリースの『シネマ』は、第33回日本ゴールドディスク大賞インストゥルメンタル・アルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞。2021年には映画『いのちの停車場』(主演・吉永小百合)のエンディングテーマを作曲・演奏。2023年10月18日にデビュー30周年を記念したベストアルバム『Canon~オールタイム・ベスト』を発売。次回作に向けて鋭意準備中。

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