プラスインタビュー

日本が世界に誇る“ノマド”的ギタリスト、村治佳織の今。

村治佳織

オリジナル曲の創作

──村治さんオリジナル曲「バガモヨ~タンザニアにて~」は、もはやスタンダードと言いますか普遍的なものを感じさせますね。

ありがとうございます。オリジナル曲を書き始めてよかったと思っています。私の場合、旅が大きなインスピレーションになるので、どこかへ行くとメロディが浮かんでくるんですね。
昨年、2泊3日で日本船「飛鳥Ⅱ」でのコンサートというお話をいただきました。今年はハワイから横浜港まで直行で帰ってくる航路なんですけど、2週間ほど客船に乗ってのコンサートがあるので、そこで新たに1曲書けたらいいなと思っています。船での演奏もなかなかいいですよ!

──オリジナル曲のレパートリーも徐々に増えてきましたね。

これまで沢山の作曲家の方々が作り出されたいろんな曲を弾かせていただいていますので、オリジナル曲もこれからもっと沸き出てくるかもしれないですね。0から1を作るんじゃなくて、この数十年で蓄えたいろんな楽曲のメロディが血肉となって。

そしてようやくコードネームを覚えるようになってきました。クラシックギターの世界では基本的にコード理論の概念はないですし、コードというより譜面の音符を読むことが普通です。
でも、そろそろコードも覚えなくちゃと思って。今はYouTubeにも関連動画が沢山出てきますが、ロック系の方々ですととにかく耳で聴いて覚えるって言いますよね。あのパコ・デ・ルシア(スペインのフラメンコ、ジャズ系ギタリスト。1947年〜2014年)さんだって譜面は読めなかったそうですし。
コードの説明をしてくれるYouTube映像は意外と見てますよ(笑)。

──2011.3.11の震災の日はレコーディングだったと聞きました。どんな状況だったんですか?

レコーディングスタジオへはタクシーで向かいました。なんだかすごい光景を見ながら。下町から皇居の周りも通って千駄ヶ谷まで行ったんですけど、丸の内とか霞が関の辺りではヘルメットをかぶったサラリーマン風の人たちが集団で歩いてる姿に遭遇して。

その日は坂本龍一(東京出身の音楽家。1952年1月17日~2023年3月28日)さんがスタジオにいらして、彼の作品「スモール・ハピネス 」「プレリュード」の2曲を録りました。
同時刻にあれだけの多くの人が同じものを経験するっていうのは戦争か地震かってなっちゃいますよね。夜は夜でもっと大変で、帰宅には4時間以上かかって朝方帰りつきました。

坂本さんとはその他にも何度かお会いさせていただいたことがありました。私が大病を得たあとで坂本さんも大病をされました。私が、今、こうして元気で活動させていただけていることに対して、ある時に坂本さんが、「おいかけます」とおっしゃったのが印象的でした。その時の瞳は強い光を放っていました。最後まで諦めない気持ちをお持ちだったと私は思っています。

ご逝去から1年以上が経過しました。私はこれからも教授の“戦メリ”(大島渚監督による映画作品『戦場のメリークリスマス』英)のサウンドトラック「Merry Christmas, Mr. Lawrence」)をずっと弾き続けます。生前2回もステージで一緒に演奏させていただいたことはまさに宝です。
私のオリジナル曲「島の記憶~五島列島にて~」を坂本さんがご自身のラジオ番組でかけてくださったことがありました。そのときに「村治さん、作曲も続けた方がいいと思う」みたいなことおっしゃってくださって。その言葉はすごく嬉しかったですね。

その後X(旧Twitter)でいろんな方のつぶやきを見たら、そのラジオ番組を聞いていらした方で、私がその曲を創作するに至った光景と同じものを想像された方がいらしたんです。「曲を聴いて頭ヶ島天主堂の前の海が見えました」って。
私、そのことは一言も言ってないのにズバリ、インスピレーションでキャッチされて「すごい!」と思って。これこそまさに音の力だなと思ってゾクゾクしました。

──ライヴのMCも流暢で流石です。

お言葉、ありがとうございます。この30年の中でラジオ番組をやらせていただいたことは貴重な経験でした。最初6年、その後4年の足かけ10年。ここから得たものは大変大きかった気がします。MCを楽しくできるようになると私自身、コンサートもより楽しめるようになりました。

──ところで、映画『クロスロード』(1986年)で主人公がクラシックギターの先生の前で「トルコ行進曲」(モーツァルト作曲。オーストリアを活動拠点とした音楽家。1756年〜1791年)を弾くシーンがあるのですが、その最後に弾くブルージーなフレーズについて感想を聞かせてください。(と言って映像を再生)少年が先生の前で練習の成果を披露してるシーンなんです。でも弾き終えたら先生に忠告を受けるんですよ(笑)。

今、聴きました。これ、先生が悪い(笑)。

──「途中まではよかった。普通はモーツアルトに対してもう少し敬意を払う」みたく注意されるんです(笑)。

怒る先生が悪いです(笑)。

そういえば、デビューした直後に映画主演の話が来て、それはお断りしたことを思い出しました! 内容にギターは全く関係なく、ファンタジーなお話の主人公みたいな設定で、そうした台本を読んだ記憶があるんですが、当時の周りの大人は「まだ早い」と判断してくださって。ちゃんと守ってくださってたことを感じます。
デビュー時の若さだけに皆様の関心が行かないように1年間は年齢の15歳ってことを表に出さなかったり。そんな配慮があったんですね。
CM出演にしても、例えばジュースを飲んだりするシーンみたいなものはせず、ギターを弾く映像に、その当時の佳織チームの皆はこだわっていました。目指すものは芸能じゃないんだと自覚して、アイドルではないし自分は芸術に向かっていくんだ、みたいな気持ちは常にあったと思います。

──舞台『シダの群れ』(作・演出/岩松了:2012年)には“ギターの女”役で出演されました。同公演から12年近く経ちましたが、個人的には舞台のエンディングに奏でられた迫力満点の「コユンババ」(カルロ・ドメニコーニ/イタリアのクラシックギター奏者、作曲家)が忘れられません。

あの経験は本当に楽しかったです。「コユンババ」はソロ楽曲としても力強くて叙情的ですし、ああいったダイナミックな演劇にもフィットしますよね。トルコの情景を描いた曲ですが、その世界観は様々な国にも当てはまるなと感じています。和のようなテイストもあり、中東のテイストもあり。一時期クラシックギター界でもよく取り上げられる曲でもありました。

その調弦が独特なんです。通常ギターのレギュラーチューニングは、6弦からミ、ラ、レ、ソ、シ、ミなのですが、この曲は、ド♯、ソ♯、ド♯、ソ♯、ド♯、ミという具合に1弦以外のチューニングを全て変えます。何かの民族楽器のチューニングに合わせた可能性もあるかもしれませんね。

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プロフィール

村治佳織

(むらじ かおり)

クラシックギタリスト。幼少の頃より数々のコンクールで優勝を果たし、15歳でCDデビュー。パリに留学後、積極的なソロ活動を開始。2003年、英国の名門クラシックレーベルDECCAと日本人としては初のインターナショナル長期専属契約を結ぶ。出光音楽賞、村松賞、ベストドレッサー賞など受賞歴多数。CM、テレビ、ラジオなど、メディアへの登場も多い。2018年リリースの『シネマ』は、第33回日本ゴールドディスク大賞インストゥルメンタル・アルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞。2021年には映画『いのちの停車場』(主演・吉永小百合)のエンディングテーマを作曲・演奏。2023年10月18日にデビュー30周年を記念したベストアルバム『Canon~オールタイム・ベスト』を発売。次回作に向けて鋭意準備中。

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