対談

武道家とヨーガ行者が考える、善く死ぬために必要なこと

後編 善く死ぬためには、よく生きること
内田樹×成瀬雅春

お金の本質

内田 でも、僕は人の話は聞かないけど、お金は出します。若い人が困っている問題のかなりはお金で解決できることだから。若い人にはちょっと工面できないけれども、僕なら出せるくらいの額のお金で、若い人のトラブルはけっこう片づくんです。だから、話を切り上げて、「で、いくら要るの?」って聞きます。これだけ要りますと言われたら、四の五の言わずに出す。世の中に「説教はするが金は出さない」という人がいますけれど、僕は逆で、「金は出すが、説教はしない」。僕、お金の使い方、割とうまいんです(笑)。

成瀬 おおー。

内田 長く生きてわかったのは、お金って、人にあげるとすぐにあげた分以上に入ってくるんですよ(笑)。

成瀬 それはそうだね。

内田 貨幣の本質は運動性なんです。貨幣は運動したがっている。だから、流れているところに集まってくる。貨幣を抱え込んで退蔵するのは貨幣の本質にそぐわないことなんです。だから、それをやると貨幣に嫌われる。

「お金で幸福は買えないが、不幸を追い払うことはできる」っていう台詞がありますけれど、たしかにこれは一面の真理を衝いていて、お金で解決できる問題、割と多いんです。お金では本質的な問題は解決できませんけれど、お金がないと、そもそも本質的な問題に取り組むことができない、ということはあります。

 例えば親と葛藤があっても、うちから出たいけれど、出られないという人がメンタルに傷つくということがありますけれど、これだって、お金があれば家から出られて、親から距離がとれる。職場がつらくて仕事を辞めたいけれど、辞めると暮らせないという人には、辞めてしばらく休んで、別の仕事を探したらどう? というような提案ができる。お金で問題は解決しないんだけれど、問題に取り組む余力が得られる。

 世の中には、お金の全能性を信じ切って「何でもお金でできる」と信じている人と、反対に「お金では何もできない」という人がいるけど、僕はその中ほどですね。使い方によってはお金が悩みを解決する手助けをすることはある、という立場です。

成瀬 お金もうけって難しいですよね。もうけ過ぎはやばいです。今の世の中、株式投資や外貨に投資するFXなどいろいろありますね。この中にいらっしゃる皆さんも投資をやっていらっしゃる方がいると思うけど、一つ考えておいていただきたいことがあります。

 例えば、FXで一億円もうけたとします。その内訳には、何千万円か損した人がいるわけです。そして、その人が自殺した可能性もある。そうすると、自分は儲けることができた一方で、間接的に人殺しをしている可能性があります。このことは知っておいたほうがいいと思います。

 僕はお金に関しては、等価交換がベストだと思います。

例えば僕が80人くらいの人を集めて1万円の講座を開くとします。その時に参加した人が、今日の講座は1万円分の価値がなかったと思ったら……(笑)。正直それは寂しいし、やっぱり半詐欺になるわけです。だから終わったときに、いや、この講座は2万円でも3万円でもよかったね、満足です、と言ってもらえるように努力するわけです。そうすると、WIN―WINになります。
 経済の専門家なら、そう言ってもらえたなら、次は3万円にしたほうがいいと言うでしょう。でも、僕はそうではないんです。見合った金額というのを考えたい。そのうえで、「ああ来てよかった」と思ってもらえるのが一番いいのです。お金もうけは、けっこう危険ですよ。

――お布施とはまた違う感覚なんですね。要するにドネーションは、その人の技術とか徳に対して敬意を払っている人が出すものじゃないですか。

成瀬 僕は、ヨーガの技術やテクニックを誰かに伝えようとするときは、本当はタダで伝えたいんです。お金を取って伝えたくない。だけど生活もあるし、なので、節度を持った金額、このぐらいはいただいてもいいかなという金額でやっています。
 特に重要なテクニック、秘儀になればなるほど、タダの関係が一番いいんです。

内田 すごい。インドではそうなんですか? 

成瀬 かつて「全財産を寄附してうちへ来なさい」という教団がありましたね。教祖は死刑になったから言うけど、それは大きな間違いです。例えばインドで出家するなら、自分の財産とか家督を長男に譲るとか、どこかに寄附をするなどで無一文になってから師匠のところへ行きます。それが一番正しいです。それを師匠が受け入れる。

 じゃあ、その師匠と無一文になって出家した人の生活はどうするのかというと、周辺の村人や篤志家がちゃんと面倒を見に来ます。そういうシステムです。

 

次ページ   お墓について
1 2 3 4 5 6 7
 前の回へ

プロフィール

内田樹×成瀬雅春

 

内田 樹(うちだ たつる)
1950年東京都生まれ。神戸女学院大学名誉教授。
思想家。著書に『日本辺境論』(新潮新書)、『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)、共著に『一神教と国家』『荒天の武学』(集英社新書)他多数。

成瀬雅春(なるせ まさはる)
ヨーガ行者。ヨーガ指導者。成瀬ヨーガグループ主宰。倍音声明協会会長。
ハタ・ヨーガを中心として独自の修行を続け、指導に携わる。著書に『死なないカラダ、死なない心』(講談社)他多数。

集英社新書公式Twitter 集英社新書Youtube公式チャンネル
プラスをSNSでも
Twitter, Youtube

武道家とヨーガ行者が考える、善く死ぬために必要なこと