お墓について
――後半になってきましたので、「死」についての話を伺います。内田先生は、合同墓をつくられたそうですね。
内田 凱風館に合同墓をつくったんですけど、もともとは凱風館で寺子屋ゼミのときにお墓について発表した人がいて、それがきっかけです。その方は独身の女性の方で配偶者も子どももいない。親のお墓までは自分が何とか守れるけれど、その後、自分のお墓は誰が守ってくれるのか、と。
お墓問題というと、だいたい「親のお墓問題」ですけれど、実は「自分のお墓問題」の方が深刻なんです。
男の人は「俺が死んだら海に散骨しろ」とか「山に撒け」とか割と平気で言いますけれど、女の人はそんなことは言わないんですよね。女の人は、お墓がどこにあるか、誰と一緒に入るのか、誰が供養するのか、そういうことをすごく気にするんです。意外でしょうけれど。だから「姑とは絶対に同じ墓には入りたくない」とか、「夫と同じ墓に入りたくない」とか、そういう怖いことを言う人がいたりするわけです。死んだ後、骨になった自分にもまだアイデンティティがあるんです。
これまでも、親の墓や、累代の墓をどうやって「墓じまい」するかという話はよく聞きましたけれど、自分の墓問題はあまりきちんと論じられていない。でも、そういうことがすごく気になるという人がいるわけですね。
僕の家のお墓は山形県の鶴岡市にあります。曹洞宗のお寺に内田家累代の墓があって、僕と兄でそれを守ってきたわけです。だから、お墓の心配ってしたことなかったんですけれど、ゼミのときに自分の知らないお墓問題があるんだなと思って、女性のゼミ生たちに聞いてみたら、多くの人が共感を示した。
そのときに、「じゃあ凱風館でお墓つくればいいじゃん」て、ふっと言ってしまったんです。凱風館がある限り、代々の門人たちがいるわけですよね。その人たちが桜のきれいな時にでも凱風館の合同墓の前に集まって、みんなで花見をしながら宴会する。そして、そのお墓に入っている亡き諸先輩方について、あの人はこんな人だったよねとか、こんなことしたよねとか、みんなで昔話をする。それができれば、供養としては十分だと思うんです。それで「じゃあ、お墓を作ろう」ということになった。
それからしばらくして、釈徹宗先生のところに行って、ご相談しました。「今度凱風館で合同墓というものをつくろうと思うんです」と言ったら、釈先生がびっくりされて、実は「如来寺でもつくろうと思っていた」んですって。
如来寺の檀家さんにも、お一人の方とか、貧しくて先祖の墓を維持できない方がいらっしゃる。その檀家の方たちのために如来寺が受け入れて、責任持って永代供養するという仕組みをつくろうと思っていた。奥さんと相談して、そうしようと夫婦で結論に達したところに僕が来た。「おお、これで背中を押されました」ということで、如来寺の近くに墓地を購入して頂いて、そこに二墓、如来寺のお墓、法縁廟と、凱風館のお墓、道縁廟というのを建てました。法の縁と道の縁の二つのお墓です。凱風館を設計してくれた建築家の光嶋裕介にお墓も設計してもらいました。
建碑式も去年(2018年)の暮れにやって、最初は誰も死んでいないし無人も寂しいので、うちの父親と母親を入れていただきました。
そもそも凱風館ができたのは、母からもらったお金で土地の半分を買うことができたからで、母は凱風館の恩人なんです。だから、感謝の意を込めて、まず父母に入ってもらった。これから後は、順に亡くなった人を納めて供養します。如来寺が続く限り供養していただけるし、凱風館が続く限り後輩たちが、先輩たちのために回向を手向けてくれるという仕組みができました。
趣旨に賛同してくれる方は協賛金10万円。10万円払ってくれたら永代供養です。世間の相場から見たら安いんですけれど、まだ5人しか申し込んでくれないんです。
今、お墓の問題がメディアをにぎわしています。でも、人が集ったら、どこでも合同墓ができるというものじゃないと思います。時代を超えて受け継ぐものによって統合された集団じゃないと、お墓は守れない。かつては「家」というのが時代を超えて生き延びるべきものだと思われていたから、お墓が守れた。「家」がそれだけの求心力・統合力を失ったから、お墓が守れなくなった。それを考えれば、「時代を超えて受け継ぐもの」があるかないかということが合同墓の成否の条件になるということがわかると思います。
凱風館は教育共同体ですから、師から受け継いだ道統を次代に継承しなければならない。継続することが集団の主要な目的なんです。学校でしたら学統、お寺だったら法統を継承することが義務づけられている。そういうふうに世代を超えて継承すべき知恵や技術を持っている集団なら合同墓を持つことができるんだと思います。
成瀬先生は、お墓についてどうですか?
成瀬 そうですね、僕は遺灰をガンジス河にまいてほしい。あと、もっと言うならば、僕が死んだら遺体を動物に食べてもらいたい。それが理想です。死んだ僕の肉体、もったいないですから。
何で動物が人間にずっと殺され続けなければいけないのか、というのがどうも理不尽で。人間はずっと動物を殺してきたんだから、その体ぐらい、役に立つのだったら食べてもらえたら、少しは気分が晴れるかなと思っています。
内田 チベットの鳥葬というのはそういう考え方なんですか。
成瀬 鳥葬は若干違うんですよ。鳥に恵んでやって、天国へ行くという考え方。
内田 そういうことなんですか。成瀬先生が考えているのは、それとは。
成瀬 違います。
内田 動物たちに。
成瀬 懺悔したい。
内田 なるほどね。
――ゾロアスター教にも鳥葬がありますね。
成瀬 そうですね。
内田 でも、動物に食わせる葬って、ほかにない、聞いたことないですよね。あるんですか。
成瀬 ゾロアスター教と、チベット仏教。
内田 ゾロアスター教、それは鳥?
成瀬 鳥だね。
内田 野の獣とかですか。
――インドのムンバイなどに行くと、「沈黙の塔」というのがあって。建築物で、中にご遺体を入れて、鳥が食べる。
内田 鳥が来るんですか。
成瀬 ハゲタカみたいなのが来る。
――ヒンズーとは考え方が違います?
成瀬 違いますね。
――成瀬先生はヒンズーではないけれど、ヒンズー的な価値観と近いのですか?
成瀬 いや、僕個人の考え方ですね。
――インドの最大の聖地、ベナレス(ヴァラナシ)などをごらんになって、そう思われたんですか?
成瀬 いや、何しろ人間が動物を何でこんなに食い続けているのかなという。人間が食われてもいいんじゃないかなと思うわけです。
内田 僕はとりあえず土に戻って、カリウムとかナトリウムとかになって、植物の栄養になって吸い上げられて、その植物を動物に食べてもらって……と一応ワンクッション入れてもらいたいです(笑)。
成瀬 そうそう、両方ありですよ。お骨を骨壺に入れてお墓に密閉して入れるというやり方は、あまり賛成じゃないかな。お墓自体が土と接していたほうがいいのと、骨壺だったら下をあけて、土へ還るようにするほうが僕はいいと思います。
内田 凱風館の合同墓はそうしてます。土に還る。
成瀬 土へかえるように?
内田 ええ、そうです。
成瀬 それ、かなり重要だと思いますね。
内田 日本で成瀬先生の「遺体を動物に食べさせる」という仕組みをつくるのは、けっこう大変です。
成瀬 難しいね。
内田 チベットまで運んでもらわないといけないですよ。
――合同墓をつくるにあたって、法律的な壁などはありましたか?
内田 いや全然。
――じゃあ、成瀬先生のほうが法律的に問題があるかもしれませんね(笑)。
成瀬 そう。今は土葬がだめだしね。
内田 合同墓は如来寺というきちんとしたお寺があったおかげで成立した話だと思います。
成瀬 今は、合祀するところ、合同墓がふえていますよね。
プロフィール
内田 樹(うちだ たつる)
1950年東京都生まれ。神戸女学院大学名誉教授。
思想家。著書に『日本辺境論』(新潮新書)、『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)、共著に『一神教と国家』『荒天の武学』(集英社新書)他多数。
成瀬雅春(なるせ まさはる)
ヨーガ行者。ヨーガ指導者。成瀬ヨーガグループ主宰。倍音声明協会会長。
ハタ・ヨーガを中心として独自の修行を続け、指導に携わる。著書に『死なないカラダ、死なない心』(講談社)他多数。