対談

武道家とヨーガ行者が考える、善く死ぬために必要なこと

後編 善く死ぬためには、よく生きること
内田樹×成瀬雅春

聞くことが大事

―― ヨーガ行者の世界は、師弟関係はありますか?

成瀬 基本は個人です。自分自身をいかに高めていくかということなので。

―― 兄弟弟子などはいますか? それとも独立独歩? 

成瀬 普通に人間関係はありますけどね。ただ、自分がその人を取り込んだりとか、そういうことはありません。

 例えば今日ここに来てくださった皆さんに、「僕のところに来れば、みんなを救ってあげるよ」と言ったとします。そうすると、それはその人の成長を妨げる行為をしていることになります。邪魔をしてしまうのです。

 だって今から試験だよ、答えを教えてあげるよと言っても何も意味がありません。

 考えてもらうことによって、試験は成立するわけです。だから僕が救ってしまってはいけないのです。その人が考えて歩んでいこうという人生を摘み取ってしまうことですから。

 そうではなくて、その人が一歩進むためのヒント、もし今悩んでいたら、そこから抜け出すためのヒントを与えるのはいいと思います。だけど、「抜け出させてあげるよ」と手を差し伸べて、抜け出させちゃいけないんです。

 それは一歩進むのを妨げている行為だから、と僕は思うんですけどね。

内田 僕も、学生にも門人にでも、人生相談されて、きちんとしたアドバイスをしたことはありませんね。でも、話はよく聞きます。「ああ、そうなんだ」と気のない相づちを打ちながら(笑)。ちらちら時計を見て、「あの、ちょっと次の授業があるから、もういいかな?」って。時間が許す限り聞きますけれど、アドバイスはなし。

 でもね、聞くのって大事だと思うんですよ。僕が右から左へ聞き流すのは、若い人が「本当のこと」を話す時は、かなり「毒」を出すからです。親に対する憎しみ、配偶者に対する憎しみ、上司に対する憎しみ……だいたい吐き出しに来る時はすごくどろどろしたものを出すんです。それをこちらがまっすぐに受けとめてしまって、「君、そんなふうに人を呪ったりしてはいけないよ」とか、そんなまともなことを言っちゃダメなんです。せっかく吐いたものを口の中に戻すみたいなことになるから(笑)。気持ちよく吐かせてあげないと。

 学生たちはけっこう頻繁に部屋に来るわけです。「毒を出し」に。それは彼女たちの成長に必要なプロセスなんだと思う。ある程度社会的に認知された大人に話を聞いてもらう。それに対して、こちらは「間違っている」とも「正しい」とも言われない。ただ、「なるほどそうか」「大変だったね」くらいしか言わない。で、「あ、もう授業が始まるから、またね」で終わる。それで十分なんです。

今の凱風館の門人たちはほとんど人生相談に来ませんね。「あの人、人の話何も聞いていない」って知ってますから(笑)。

 

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プロフィール

内田樹×成瀬雅春

 

内田 樹(うちだ たつる)
1950年東京都生まれ。神戸女学院大学名誉教授。
思想家。著書に『日本辺境論』(新潮新書)、『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)、共著に『一神教と国家』『荒天の武学』(集英社新書)他多数。

成瀬雅春(なるせ まさはる)
ヨーガ行者。ヨーガ指導者。成瀬ヨーガグループ主宰。倍音声明協会会長。
ハタ・ヨーガを中心として独自の修行を続け、指導に携わる。著書に『死なないカラダ、死なない心』(講談社)他多数。

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