対談

武道家とヨーガ行者が考える、善く死ぬために必要なこと

後編 善く死ぬためには、よく生きること
内田樹×成瀬雅春

祖父はどんな聖者よりも「超えがたい存在」(成瀬雅春)

――そろそろまとめになりますが、「善く死ぬためには、よく生きること」ということで、とどのつまり、善く死ぬためには何が必要でしょうか?

成瀬 最初の話に戻りますが、すべては「今」だと思いますね、やっぱり。本当にそう思えると、生き方が違ってくるし、これから先の人生がすごく輝くと思います。

――また、歴史上の人物とか、身近な人でもいいんですが、理想的な死に方をしたなというモデルケースはございますか?

成瀬 僕のおじいちゃん。祖父です。世に聖者とか、素晴らしい人はたくさんいますが、祖父が一番です。聖者というのは、信者の前では素晴らしくても、一人になったときにもそうかはわかりません。祖父とは僕が十七になるまでずっと一緒に暮らして寝起きを共にしていましたが、その十七年間の間、一回も祖父が怒った姿を見たことがありませんでした。

 生涯一度も怒らないという人は、ほとんどいないと思います。
 無理をしているのではなくて、本当に怒らないのです。こういうふうにしなさい、と言われる時も「叱る」のではなくて、「説得される」。

おふくろや親戚、いとこに聞いて回っても、誰も祖父が怒るのを見たことがない、と言いました。そのことを不思議に思った母が、ある日祖父に「どうして怒らないでいられるの?」
と聞いたら、「お天道様のことを考えると、怒る気持ちになれない」というようなことを答えたそうです。

 だから、どんな聖者よりも、祖父は僕にとっての「超えがたい存在」ですね。祖父のようにはなれないな。

――そのおじい様は、最期は看とられたんですか。

成瀬 非常に納得してすーっと行きましたね。なかなかいい死に方でした。

―― 内田先生は、どうでしょうか? どうしたら「善く死ねるか」ということと、自分の死のモデルケースはございますか?

 

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プロフィール

内田樹×成瀬雅春

 

内田 樹(うちだ たつる)
1950年東京都生まれ。神戸女学院大学名誉教授。
思想家。著書に『日本辺境論』(新潮新書)、『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)、共著に『一神教と国家』『荒天の武学』(集英社新書)他多数。

成瀬雅春(なるせ まさはる)
ヨーガ行者。ヨーガ指導者。成瀬ヨーガグループ主宰。倍音声明協会会長。
ハタ・ヨーガを中心として独自の修行を続け、指導に携わる。著書に『死なないカラダ、死なない心』(講談社)他多数。

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