対談

武道家とヨーガ行者が考える、善く死ぬために必要なこと

後編 善く死ぬためには、よく生きること

内田樹×成瀬雅春
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「みんな、どうもありがとう」 

内田 僕もやっぱり父親ですよね。父親は最期まで気丈でした。最後は、モルヒネ打ってそのまま意識をなくして死にましたけれど、危篤状態になってから僕が神戸から東京へ戻るのを待って、「樹はまだか」と言って、僕が病室に着いて、母、兄貴の三人が枕に並んだところで、「みんな、どうもありがとう」と言って目を閉じました。それから一日くらいして息絶えました。やっぱり、明治の男は気丈ですね。父の最期を見てわかったのは、死ぬ前になると、心身が衰えますから、崩れてゆくんです。それでも崩れない人がいる。体の芯に一つきちんとしたものが通っている人は崩れないです。

 僕がとにかく感心したのは、父が足腰が弱って、ベッドから立ち上がれなくなったので、看護の人は「おむつをしてほしい」と言ってきたときに「おむつもしびんも嫌だ」と言い張った。だから、死ぬ少し前まで、ベッドから立ちあがって、「樹、肩貸せ」と言って、自力でトイレまで行ってました。死ぬ前までそんなに恰好つけなくても…と思ったけれど。

 一番びっくりしたのは、父が亡くなった後に母親が「あらっ、こんなところに入れ歯が……。あの人、入れ歯だったの?」って(笑)。父は89で死んだんですけれど、父が入れ歯だったということを最期まで母は知りませんでした。父は自分の妻の前でさえ入れ歯を外したことがなかったんです。格好つける人でした。でも、「恰好つける」って大事ですよね。

 最期の最期で、身体的な痛みと気力の衰えに屈服する人と、最期まで、それこそ死力を振り絞っても崩れない人がいる。

 山岡鉄舟は胃がんで死んだんですけれど、最期は座禅を組んだまま絶命したそうです。そういう話は昔はよくあったわけです。これは、単に健康状態だけの問題ではないと思います。

成瀬 違いますね。

内田 最期まで、芯を通せるのは気力の問題だと思います。僕は父親を見ていて、明治の男
の気合はすごいなと思って、僕もできることならおやじのように気合を入れて。

成瀬 できる、できる(笑)。

内田 大丈夫ですか。気合を入れて死んでみたいなと。【了】

 

 

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プロフィール

内田樹×成瀬雅春

 

内田 樹(うちだ たつる)
1950年東京都生まれ。神戸女学院大学名誉教授。
思想家。著書に『日本辺境論』(新潮新書)、『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)、共著に『一神教と国家』『荒天の武学』(集英社新書)他多数。

成瀬雅春(なるせ まさはる)
ヨーガ行者。ヨーガ指導者。成瀬ヨーガグループ主宰。倍音声明協会会長。
ハタ・ヨーガを中心として独自の修行を続け、指導に携わる。著書に『死なないカラダ、死なない心』(講談社)他多数。

 
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