「車窓から事故原発が見える常磐線」全線開通の異常性

五輪聖火リレーコースを走ってみた! 第4回
烏賀陽弘道

 電車には福島第一原発のお膝元・立地町である大熊町から乗ることにした。「大野駅」である。かつては町役場も近くにあった。駅前には商店街やホテルがある、大熊町の中心部だった。

 自動車で駅前に来た。愕然とした。駅に至るアクセス道路以外は、駅前の建物すべてが金属フェンスで囲われて立入禁止になっている。ビジネスホテル、喫茶店、ガソリンスタンド、寿司屋、新聞販売店…。かつて人々の生活があった場所はすべて封鎖されて入ることができない。街全体がオリに入れられたようだ。

ピカピカの大野駅。だが、ほとんど乗り降りする人はいない

大野駅出てすぐの、商店街だった道路もこのように完全封鎖

フェンスの向こう側に広がる、現在の大野駅前商店街(撮影/烏賀陽弘道)

駅前の喫茶店は9年半放置で草木も伸び放題。黄色い花が咲いていた(撮影/烏賀陽弘道)

 道路以外は除染もされていない。ということは、住民も戻らず街は無人のままである。そんな無人地帯の真ん中に、新築できたての駅舎が出現していた。無人地帯の真ん中に駅を開業させたので、そこまでのアクセス路だけを開通させた、ということだ。利用する住民がいないのに、なぜ駅がオープンし、列車が運行しているのか。まずそこからして、わからない。

 本来は「除染が済んだ→住民が戻った→駅が開業した」が自然な順番だと思うのだが、目の前にあるのは反対の現実である。駅が開業して、列車が走っているのに、住民はいない。除染はまだ済んでいない。大熊町の役場を含めた新しい「居住可能エリア」(同町役場と大川原再生住宅)は、大野駅から約4キロ南西に離れた地区に造成された(連載2回目参照)。駅からは自動車以外に交通手段がない。歩くと1時間かかる。

 駅前から続く商店街が、通りを横切る金属フェンスでぶった切られていた。封鎖フェンスの前に行くと、手元の線量計は毎時0.43マイクロシーベルトに数字が上がった。フェンス越しに望遠レンズを構えると、鮮魚店や洋品店、農協事務所などの看板が見える。人気はない。9年間に伸び放題になった雑草や野生化した庭木に、建物が埋もれようとしている。気温37度の炎天にアスファルトが焼け、陽炎がゆらゆら揺れている。崩れ、傾いた家。屋根瓦が落ち、天井が抜けた建物。2011年3月11日の地震が破壊したまま、街の時間が止まっていた。

 配慮の行き届いた新聞・テレビだと、この光景を「復興への道のりはまだ遠い」などと書くのだろう。しかし、私は原発事故被災地を9年間取材し続けて、先に避難が解除された飯舘村、浪江町、富岡町などの先例を知っている。避難が解除されても、住民は元の家には住まない。解体し、更地にして新しく建て直す。10年近く人の出入りのなかった建物は荒れ果て、住むことができないうえに、放射性物質をかぶって汚染されているからだ。つまり、私の眼前に広がっている建物はいつか取り壊される「廃墟」なのだ。街全体が廃墟なのである。

大野駅へのアクセス道路。両脇の家々はフェンスで覆われ、いずれは取り壊しに

大野駅構内には周辺の線量測定結果がみられるモニターが

そのモニターで線量をみると、駅から少し離れたところはかなり高い数値が

 廃墟の街に、鉄道だけが開通している。ピカピカの駅舎がオープンし、列車が行ったり来たりしている。不思議極まる光景だ。不思議すぎて現実とは思えない。

 駅構内は徹底的に除染されているはずなのに、駅前の線量計の赤いデジタル数字は毎時0.341マイクロシーベルト(原発事故前の6〜8倍)を指している。年間被曝量に換算すると2.98ミリシーベルトで、基準値の1ミリシーベルトを3倍超えてしまう。

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プロフィール

烏賀陽弘道

うがや ひろみち

1963年、京都府生まれ。京都大学卒業後、1986年に朝日新聞社に入社。名古屋本社社会部などを経て、1991年から『AERA』編集部に。1992年に米国コロンビア大学に自費留学し、軍事・安全保障論で修士号取得。2003年に退社して、フリーランスの報道記者・写真家として活動。主な著書に、『世界標準の戦争と平和』(扶桑社・2019年)『フェイクニュースの見分け方』(新潮新書・2017年)『福島第一原発メルトダウンまでの50年』(明石書店・2016年)『原発事故 未完の収支報告書フクシマ2046』(ビジネス社・2015年)『スラップ訴訟とは何か』(2015年)『原発難民』(PHP新書・2012年)     

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