「車窓から事故原発が見える常磐線」全線開通の異常性

五輪聖火リレーコースを走ってみた! 第4回

烏賀陽弘道
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福島第一原発事故からの“復活”を世界中にアピールする「復興五輪」の欺瞞を暴くために、ジャーナリスト烏賀陽弘道氏が聖火リレーコースを走って回る当連載。1回目ではJヴィレッジ、川内村、富岡町、2回目では大熊町、浪江町、そして3回目は飯舘村、川俣町をお届けしたが、今回は聖火リレーと同じく今年3月にスタートしたJR常磐線の全線開通問題を取り上げる。この開通の裏にもオリンピックに合わせて復興計画をアピールするためだけの、住民不在の理屈が優先されていた!

 

 新型コロナウィルスのパンデミックで東京オリンピックが延期にならなければ、聖火リレーとセットになって福島第一原発事故被災地の「復興」を盛り上げるはずだったイベントがある。同原発直近の高線量地帯だけが不通になっていた、JR常磐線の9年ぶりの「全線開通」だ。

 同線は、福島県の太平洋岸を通り、東京・上野と宮城県仙台市を結んでいる。東北本線と並んで、首都圏と東北を結ぶ基幹路線である。が、2011年3月11日の東日本大震災当日以来、津波による破壊や原発事故の汚染で寸断されていた。段階的に復旧が進んで、最後に残された不通区間が、いちばん近いところで同原発から2キロの地点を走る「富岡〜浪江」駅間20.8キロだった。

 ここを開通させれば、全線が9年ぶりに復旧する。この計画を政府が表明したのは、震災から5年目の節目の2016年3月10日だった。安倍晋三総理(当時)が首相官邸で行った演説から引用しよう。

「全線開通の時期が未定であった、JR常磐線についても、福島の地元の皆さんの強い期待に応えて、東京オリンピック・パラリンピックが開かれる前の2019年度中に、全線開通を目指すことを決定いたしました」

 この「5年目」という時期には意味がある。2011年7月に政府「東日本大震災復興対策本部」が策定した「東日本大震災からの復興の基本方針」にはこうあるのだ。

「被災地の一刻も早い復旧・復興を目指す観点から、復興需要が高まる当初の5年間を『集中復興期間』と位置付ける」

「被災各県の計画を踏まえ、阪神・淡路大震災の例も参考としつつ、復興期間は10年間とする 」

 偶然か否か、東日本大震災から10年目、2021年度の復興庁の予算要求額は前年度比55%という大幅な減少になった。20年度当初予算の1兆4024億円から総額6331億円へ、ほぼ半減したのである。中でも「住宅再建・復興まちづくり」は、5472億円から546億円に急減した。「当初の計画通り、復興は10年でおしまい」という政府のメッセージと読める。

 JR常磐線開通も、この10年目というスケジュールに沿っている。5年目に全線復旧を宣言し、計画通り10年以内の9年で実現させる。それを、鉄道輸送を所管する国土交通大臣ではなく、総理大臣が表明する。計画の実現は政府にとって最重要の課題なのだ。事実、常磐線の全線復旧が実現したのは2020年3月14日、「2019年度内」(2020年3月末日)という総理の公約ギリギリだった。

 東京オリンピックの聖火ランナーが福島県を出発する予定だったのは、その12日後の3月26日だ。安倍総理の言葉どおり「常磐線全線復旧」と「聖火ランナースタート」は、同じ福島県・同じ2020年3月という場所と時間で、近接して予定が組まれていた。「東京オリンピックの祝賀」と「復興計画実現の祝賀」をセットにしたイベントだったのだ。

 私はこのJR常磐線が再開する4日前に、現場で取材をしていた。9年間封鎖されていた富岡町の封鎖地区のゲートを開くと国が発表したからである。ところが現場に行ってみると、ゲートからJR「夜の森駅」に続く道路だけが通行可能で、道路両側の商店や民家は、檻のような金属フェンスの向こうに閉じ込められたままだった。

 しかし、集まった50人近いテレビクルーやカメラマンは、そんな9年間無人のまま朽ち果てた町にはまったく関心を払わなかった。午前6時の封鎖ゲート解除、新築の駅舎を前に地元町長がコメントを読み上げる囲み取材、そんなセレモニーばかり報道していた(連載1回目参照)。 

 2020年3月の予定を並べてみよう。 

 3月10日 9年間の封鎖地区を解除する(ただし常磐線駅へのアクセス路だけ)。

 3月11日 東日本大震災・福島第一原発事故の9周年。

 3月14日 JR常磐線が再開。各駅でイベントが催される。

 3月26日 東京五輪の聖火ランナーが福島県を出発。

 これで 予定どおり聖火ランナーも走っていたら、マスメディアに「フクシマの復興」を印象づける映像が立て続けに流れていたことだろう。

 この政府の計画が頓挫したのは、3月24日。コロナウイルスによって東京オリンピックの1年延期が決まったときだった。聖火ランナー出発の2日前、ギリギリのタイミングだ。「コロナ流行+オリンピック延期」というハプニングで、政府のメディア計画は狂った。が、再開したJR常磐線はすでに運行を始めていた。

 いまその路線はどうなっているのか。開通したということは、安全な値まで放射性物質の線量は下がったのか。聖火リレーのコースを走ったついでに、2020年8月下旬にあらためて確かめに行った。

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プロフィール

烏賀陽弘道

うがや ひろみち

1963年、京都府生まれ。京都大学卒業後、1986年に朝日新聞社に入社。名古屋本社社会部などを経て、1991年から『AERA』編集部に。1992年に米国コロンビア大学に自費留学し、軍事・安全保障論で修士号取得。2003年に退社して、フリーランスの報道記者・写真家として活動。主な著書に、『世界標準の戦争と平和』(扶桑社・2019年)『フェイクニュースの見分け方』(新潮新書・2017年)『福島第一原発メルトダウンまでの50年』(明石書店・2016年)『原発事故 未完の収支報告書フクシマ2046』(ビジネス社・2015年)『スラップ訴訟とは何か』(2015年)『原発難民』(PHP新書・2012年)     

 
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