「車窓から事故原発が見える常磐線」全線開通の異常性

五輪聖火リレーコースを走ってみた! 第4回
烏賀陽弘道

 常磐線に乗る前日、クルマで福島第一原発の近くまで行ってみた。南北に走る国道6号を東=太平洋方向に曲がると、そのまま原発に近づく。正門から約1キロのところに検問所があって、そこまでは自由に行ける。原発の廃炉作業などに関係がないと入場許可はもらえない。そこでUターンする。

「ようこそ福島第一原発へ」。道路脇に青い看板がある。約1.5キロの地点である。クルマから降りて線量計を出してみた。毎時約2〜3マイクロシーベルト。2014年に来たときには8〜10マイクロシーベルトあったから、かなり下がった(風雨で放射性物質は流され土壌に潜り込む)とはいえ、原発事故前0.05マイクロシーベルトの40〜60倍ある。風向きが変わると、線量計が激しく上下する。事故直後に降った放射性物質が、まだ除染されないまま風で動くのである。

福島第一原発から1.5キロの地点。毎時3μSVを軽く超える。トラックや作業員を乗せたバスがひっきりなしに走る(撮影/烏賀陽弘道)

 福島第一原発の1〜3号の3つの原子炉の中では、まだ溶け落ちたウラン燃料が底にたまったままである。崩壊熱を出し続けているので、水を流し込んで冷やさないと、また溶ける。放置すると、そのまま鉄の原子炉やコンクリートの基盤を溶かして土壌に露出してしまう。なので冷却水を送り込んで冷やすのだが、溶け落ちた燃料は猛烈な放射線を放っているので、出てきた水も放射線を帯びている。そのまま捨てることはできない。仕方なくタンクに貯蔵する。その「汚染水」「処理水」がたまりにたまって、構内にタンクの丘ができている。

 この福島第一原発では、今も、毎日約3000人が働いている。2016年12月に政府が公表した試算では「福島第一原発の廃炉」「被害者・企業の方々への賠償」「除染・中間貯蔵事業」の費用として21.5兆円という金額を出している。

その内訳を示す。

 賠償:7.9兆円

 除染:4兆円

 中間貯蔵:1.6兆円

 廃炉:8兆円

 しかし、東京電力が公表している数字だけでも、2020年9月25日現在で賠償金額は9兆5616億円に膨れ上がっている。日本経済研究センター(公益社団法人)は「合計81兆円」という数字を試算した。

 賠償:10兆円

 除染と中間貯蔵:20兆円

 廃炉:51兆円

 ちなみに、少ないほうの政府試算=廃炉費用8兆円という数字だけでも、台湾の国家予算にほぼ等しい。日本の国家予算は一般会計でおよそ100兆円なので、日本経済研究センターの試算はその80%にも及ぶ。

 溶け落ちた燃料棒を掻き出して密閉容器に詰め、人間の生活圏から離れた場所に隔離するのが「廃炉」作業の第一歩である。とはいえ、溶け落ちた燃料棒から出る放射線は強烈で、現場に人間が入ると数分で死ぬ、というレベルだ。近寄ることができないから、原子炉の中で溶けた燃料の塊がどんな状態になっているのか、わからない。遠隔操作のカメラを原子炉に入れて映像に記録する。遠隔操作の機械で溶け落ちた堆積物に触れてみる。事故から9年を経て、ようやくそんな段階である。

2016年2月に福島第一原発1.5キロ地点から撮ったドローン写真。奥にあるのが原発

2020年8月の同じ地点からのドローン写真。新しい建物や道路ができ、汚染水を貯めるタンクが増えている

 私は1979年に起きた米国のスリーマイル島(TMI)原発の事故現場を取材したことがある。同原発では、メルトダウンした原子炉は1つだけだった。それでも、溶け落ちた燃料棒の取り出しに10年9ヶ月かかった。廃炉の完了には15年である。メルトダウンした燃料棒とは、要するに、溶けた金属が固まった不定形の堆積物である。それを砕いて少しずつ掻き出すのに、特別な作業機械を設計して、製造しなくてはならなかった。

 福島第一原発事故は、TMI事故よりはるかに甚大である。メルトダウンした原子炉の数だけでも、3つもある。原子炉ひとつの廃炉に10年以上かかったのなら、こちらは何年かかるのだろう。

 燃料棒を取り出して、福島第一原発を廃炉することに成功したとしても、問題は終わらない。取り出したウラン燃料の塊は放射能を放ち続けるからだ。それをどこに貯蔵するのか。この「最終処分場」は日本にはまだない。「最終処分場」とはつまり、地下に格納庫を掘って放射性廃棄物を「置いておく」ことに他ならない。放射能の毒性が消えるまで、人間から隔離して置いておくしか、安全を確保する方法がないのだ。

 例えば、フィンランドにつくられた最終処分場「オンカロ」は、原発の使用済み燃料棒を地下400〜450メートルの岩盤に貯蔵する。想定されている貯蔵期間は10万年である。それほど長い期間、地殻が安定した場所が日本にあるのだろうか。政府は国内に最終処分場の用地を探しているが、迷走を続けている。

 2007年:高知県東洋町長が文献調査に応募。町民の反対で撤回。

 2016年:佐賀県玄海町が前向きな姿勢。2017年の適地調査で外れた。

 2020年8月:北海道の人口3000人弱の自治体・寿都町が文献調査への応募を表明。

 TMI原発事故では、取り出した塊はキャスケット(密閉容器)に封入され、今もアイダホ州の人口希薄地帯に貯蔵されている。私はこの現場を訪ねたことがある。日本全土と同じ面積に、神戸市と同規模の人口しか住んでいない。貯蔵場所は、半径40キロ以内には誰も住んでいないという砂漠の真ん中だった。放射線を放ち続けるので、居住地帯から隔離して置いておくしか方法がないのだ。そんな人口希薄地帯は日本にはない。

 TMI事故でも、冷却の過程で出たトリチウムを含む汚染水の処理は解決できなかった。そのまま河川(スリーマイル島はペンシルバニア州の川の中洲)に放出することができなかった。唯一の解決は「そのまま自然に蒸発させる」だった。

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プロフィール

烏賀陽弘道

うがや ひろみち

1963年、京都府生まれ。京都大学卒業後、1986年に朝日新聞社に入社。名古屋本社社会部などを経て、1991年から『AERA』編集部に。1992年に米国コロンビア大学に自費留学し、軍事・安全保障論で修士号取得。2003年に退社して、フリーランスの報道記者・写真家として活動。主な著書に、『世界標準の戦争と平和』(扶桑社・2019年)『フェイクニュースの見分け方』(新潮新書・2017年)『福島第一原発メルトダウンまでの50年』(明石書店・2016年)『原発事故 未完の収支報告書フクシマ2046』(ビジネス社・2015年)『スラップ訴訟とは何か』(2015年)『原発難民』(PHP新書・2012年)     

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