「車窓から事故原発が見える常磐線」全線開通の異常性

五輪聖火リレーコースを走ってみた! 第4回
烏賀陽弘道

 JR常磐線に戻ろう。

 ほんの数分で双葉駅に着いた。ホームに降り立つ。ここもまたピカピカの近代的な駅舎が新築された。駅舎内の交流施設(休憩室みたいなもの)で働く人たち以外には、乗客も駅員も姿が見えない。

 この駅を中心とした555ヘクタールは「特定復興拠点」に指定されている。駅の西側は「新たな生活拠点」として2022年春のオープンを目指して造成が進んでいる。町の北東部は避難指示が解除された。9月20日にオープンした「東日本大震災・原子力災害伝承館」もこの一角にある。双葉駅からは約2キロ。歩いて30分かかる。

大野駅より建物も大きく、駅前も整備された双葉駅(※今年のコースには8番目に双葉町のコースが追加された!この駅舎からスタートし、周辺を回って駅前ロータリーでゴールする。唯一の聖火リレー空白自治体だった双葉町を制覇して、復興アピールしたいのか…)

双葉駅の西側では、すでに用地造成が始まっていた

駅周辺の青い部分が「特定復興再生拠点区域」。ここに「新たな生活拠点」を作るという。写真右下が福島第一原発。9月20日にオープンした「原子力災害伝承館」は右上「避難指示解除区域」にある。約3キロ。原子力緊急事態宣言は2011年3月11日夜に発令されたままだ

 改札を出たとたん、中年男性が「すみません」と声をかけてきた。駅で降りる人に線量計を貸し出す仕事をしているという。好奇心に勝てず、誘われるまま事務所に行った。そこは「原子力災害現地対策本部」だった。線量計のレンタルサービスがある駅なんて、世界でもここだけではあるまいか。土産話にちょうどよろしい。持参の線量計はあるのだが、特産品をお土産に買うような調子で借りることにした。

 免許証をコピーされ、申込用紙に記入する。サインする。さすが役所である。面倒くさい。が、無料なので文句は言えない。線量計を首からぶら下げ、駅前を歩いてみた。大野駅と同じように、かつて駅前商店街だった街がそっくりそのまま廃墟になっていた。傾き、屋根が落ちた木造家屋が連なる。

 消防署の時計は地震の瞬間で止まっている。シャッターはネジ曲がったまま。会議室の机の上にはヘルメットや懐中電灯がホコリにまみれている。きっと地震で職員が緊急招集されたはいいが、そのあと原発から放射能が広がって避難したので、室内はそのままなのだろう。

 花屋の店内はすべての商品が花瓶の中で茶色く枯れてる。薬局は棚から商品が落ちて床に散乱したまま。農協の事務所では、スチールの書棚が倒れていた。街全体が、9年前の地震の当日のまま時間が止まっている。この一帯は福島第一原発から4キロほどしか離れていない。翌12日午後には1回目の水素爆発が起きた。地震で散乱した商品や家具を片付ける間もなく、住民たちは逃げざるをえなかったのだ。

ものすごい形にねじ曲がった消防署のシャッター

薬局はものが散乱したまま。象の人形がもの悲しい

手入れされずに伸び放題になった草木。家を覆いつくさんばかりの勢いだ

駅前には「カーシェアスタイルレンタカー」が営業中。誰が借りるのだろう

 9年間放置されたクルマは雑草に埋もれ、苔が生えている。まったく除染されていない。線量計を出すと毎時1.23マイクロシーベルトを指した。事故前の40倍である。隣の大野駅前と違う点といえば、道路の両側が金属フェンスで仕切られていないことだ。理由はすぐにわかった。今年3月、常磐線が開通したときに取材に来たときにはまだあった100円ショップや園芸品店などが解体され、更地になっていた。櫛の歯が抜けるように、通り沿いの建物が消えていた。この廃墟の街も、そのうちに姿を消してしまう。原発事故の記憶を消してしまうかのように。

常磐線の開通にともなって国道6号の両脇方向にも行き来ができるようになったため、双葉町役場にも行ってみた。こちらも2時46分で時計が止まっていた

駅のすぐ目の前にあるたいやき屋も、そのうち壊され再開発されるのだろう

たいやき屋前、駅のロータリーに続く道路や歩道は写真のように真新しく整備された

 ホコリとカビの匂いがする街を1時間ほど歩き回った。汗だくでへとへとになって駅に戻った。借りた線量計を返しに行った。私の被曝量は1時間で0.2マイクロシーベルトだった。原発事故前の4〜5倍だ。目には見えなくても、福島第一原発から出た放射性物質は、まだそこにいるのだ。

(了)

取材・文/烏賀陽弘道  撮影/五十嵐和博

図版作成/海野智

 


●福島は世界に復興をアピールする“ショールーム”と化した
– 五輪聖火リレーコースを走ってみた! 第1回 –

●国の狙いは福島を利用した「新エネルギー」の宣伝だ!
– 五輪聖火リレーコースを走ってみた! 第2回 –

●子どもたちは戻らず、町に新しい学校だけが遺された…
– 五輪聖火リレーコースを走ってみた! 第3回 –

 


 

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プロフィール

烏賀陽弘道

うがや ひろみち

1963年、京都府生まれ。京都大学卒業後、1986年に朝日新聞社に入社。名古屋本社社会部などを経て、1991年から『AERA』編集部に。1992年に米国コロンビア大学に自費留学し、軍事・安全保障論で修士号取得。2003年に退社して、フリーランスの報道記者・写真家として活動。主な著書に、『世界標準の戦争と平和』(扶桑社・2019年)『フェイクニュースの見分け方』(新潮新書・2017年)『福島第一原発メルトダウンまでの50年』(明石書店・2016年)『原発事故 未完の収支報告書フクシマ2046』(ビジネス社・2015年)『スラップ訴訟とは何か』(2015年)『原発難民』(PHP新書・2012年)     

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