「疎外感」の精神病理 第6回

トラウマと疎外感

和田秀樹

トラウマサバイバーの心理世界

 解離までいかなくても、人間というのは大きなトラウマ的出来事を経験すると、その経験をした日までとは、まったく体験世界が変わってしまうことが往々にしてあるようです。

 一つには、世の中に対する激しい不信感です。

 たとえば地震のような自然災害に見舞われ、自分の知り合いが何人か死んでしまうと、今生きている地上が安全だという感覚を喪失したり、この人間関係なんていつまでもつかわからないというような形で激しい不信感が生じます。

 生きている世界が信じられなくなった際には、激しい疎外感を覚えるでしょうし、いろいろな慰めも受け入れられなくなってしまいます。それによって更なる疎外感を覚えるという悪循環が生じます。

 あるいは、レイプの被害者は、かなりの長期にわたって人間不信に陥り、優しく声をかけてくれる人を信じられないというようなことが往々にして起こるようです。人を拒絶することで、孤独に陥るだけでなく、出会いの機会を自ら断つために、優しい人を経験できず、この不信感を抱えたまままともな恋愛ができないということは珍しくありません。

 もう一つ、しばしば問題にされるのは、現在と過去、トラウマ的出来事前とその後では時間の連続性が破壊されてしまうという感覚です。

 東日本大震災の被災者に話を聞くと、震災前と時間がつながらないということをしばしば聞きました。

 レイプ被害者などには、それを境に自分が別人になったという感覚を持つ人も少なからずいて、セックスを忌避しているはずなのに、風俗の世界に入り込んだり、AV女優になったりという話は珍しいことでないようです。

 アイデンティティというのは、昨日までの自分と今の自分が同じ人間なんだという感覚だという定義もあるのですが、この感覚がもてなくなってしまうのがトラウマの怖さです。

 その体験のない人と、ここで大きな溝が生じ、疎外感の世界に埋没してしまう。

 トラウマというと、ドラマではフラッシュバックのような世界ばかりがクローズアップされますが、私の見るところ、この疎外感のほうが深刻な病理に思えてなりません。

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「疎外感」の精神病理

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プロフィール

和田秀樹

1960年大阪府生まれ。和田秀樹こころと体のクリニック院長。1985年東京大学医学部卒業後、東京大学医学部付属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローなどを経て、現職。主な著書に『受験学力』『70歳が老化の分かれ道』『80歳の壁』『70代で死ぬ人、80代でも元気な人』『70歳からの老けない生き方』『40歳から一気に老化する人、しない人』など多数。

 

 

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