韓国カルチャー 隣人の素顔と現在 第4回

6月、映画でふりかえる「6・25朝鮮戦争」

映画『ブラザーフッド』『戦火の中で』『スウィング・キッズ』『高地戦』等
伊東順子

ところで、映画『スウィング・キッズ』は失敗したのだろうか?

 

 すでに述べたにように「朝鮮戦争」は、民主化以降の韓国映画にとって重要なジャンルの一つであり、また制作スタイルや技術的なものも含めて、韓国映画界をリードしてきたといえる。時代的ミッションを強く意識した監督と、それに応えた当代の人気スターたちの活躍。多くの映画は興行的に大成功したばかりでなく、映画祭などでも様々な賞を受賞してきた。

 映画『スウィング・キッズ』もそうなる予定だった。

 人気KPOPグループEXOのD.O.が主演、監督のカン・ヒチョルは『サニー 永遠の仲間たち』や『タチャ~神の手』で知られるヒットメーカーだ。前評判はとてもよく、韓国映画の記念碑的な作品になるだろうという期待もされていた。

 ところが実際はそうはならなかった。専門家の評価も分かれたが、何よりも興行成績で悪かった。韓国の人々がこの映画に熱狂することはなかった。興行の不振により、映画賞のノミネートからも脱落した。韓国メディアの中には「失敗」と断定する記事もあった。なぜ、そうなってしまったのだろう?

 実は私自身も、この映画を最初に見たときには、途中で見続けるのがきつくなってきた。ユーモアは滑っているし、内容がわかりにくい。

 ところが日本でネット配信が始まった後に、「大感動をした!」という知人が現れて驚いた。悔しくなってもう一度見たら、あらためて監督が描こうとした世界が見えてきた。ちょうどウクライナの戦争が連日報道されていたこともあったかもしれない。この映画の意味を再び考えるようになった。

 そして思ったのは、複雑な歴史的背景を整理すれば、もう少し見やすくなるかも。私自身が理解しやすいような解説を書いてみたいと思った。

 

 『スウィング・キッズ』はこのダンスチームの名前である。捕虜収容所に新しく赴任した所長は、対外的なイメージアップのために、捕虜によるダンスチームの結成を命ずる。チームのメンバー構成は多彩で、それが映画の注目ポイントの一つだったのだが、ちょっと無理があったかなと思う。

 収容所内に様々な背景の人物がいたことは重要だが、あまりにもパターン化しすぎている。この映画の原案ともいえる『ロ・ギス』というミュージカルがあるのだが、そちらはもう少しシンプルな作品になっていた。

 ただ登場人物を追加したかった監督の意図は十分理解できる。以下がそのダンスチームのメンバーだ。

 

米軍下士官、ジャクソン

ブロードウェイ出身のタップダンサー。所長の命令に従い、ダンスチームを結成して指導にあたる。前任地の沖縄に日本人の婚約者がいる。黒人であることから軍隊内でも様々な差別を受けている。

 

北朝鮮軍兵士、ロ・ギス

北朝鮮のイデオロギーをしっかり叩き込まれており、国家への忠誠心と反米意識は非常に強い人物。しかしジャクソンのタップダンスを偶然見たことで、激しく心を揺すぶられる。隠れてダンスを練習し、ジャクソンへの挑戦を繰り返しているうちに、いつしかスウィング・キッズのメンバーとなる。

 

中国軍兵士、シャオパン

収容所内にいた約2万人の中国人捕虜のうちの一人。元芸人であり、ダンスも上手い。

 

民間人捕虜、カン・ビョンサム

避難の途中、乗る車を間違えたために捕虜収容所に来てしまった。生き別れとなった妻と再開するために、ダンスチームのオーデションに応募した。自分が有名になれば、妻を探し出せるだろうとチームに参加する。

 

韓国人女性、ヤン・パンネ

家族を食べさせるために、なんとか仕事を得ようと収容所内に出入りしている韓国女性。戦争中に覚えた英語と中国語を武器にジャクソンに近づき、ダンスチームのメンバーになる。

 

 フィクションにしても、このメンバーを横並びにするのは、無理があるかなと思う。カン・ヒチョル監督は『サニー 永遠の仲間たち』で、それぞれの事情のあるメンバーを横並びで扱ったのは素晴らしいと思ったが、今回の場合はそれで散漫になったような気がする。

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プロフィール

伊東順子

ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。

 

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