ディープ・ニッポン 第14回

北海道(2)美瑛、旭川、東川

アレックス・カー

 夕張を出て、次の目的地である美瑛びえい町まで車を走らせました。美瑛は北海道のほぼ中央に位置する静かな農業のまちです。高台からの眺めは、アップダウンを繰り返す緩やかな丘が折り重なったロマンチックな景色で、遠方に聳える大雪山国立公園の十勝とかち岳連峰が借景となっています。夕張からは約二時間の道のりで、美瑛に近付くにつれて、畑の波が高く大きくなっていき、六月でも峰々にはまだ雪が残っていました。

峰々に雪の残る六月の大雪山系

 美瑛町は1970年代から国内観光の名所になり、さらに近年の観光ブームで世界に知られるようになって、年間約二百万人(その多くは外国人)が訪れる大観光地となっています。

 町はいち早く景観の大切さに気付き、農業と観光を結び付けた先駆としても知られています。「フランスの最も美しい村協会」にインスピレーションを得て、2005年に設立された「『日本で最も美しい村』連合」という団体にも加盟しています。当初、この団体は美瑛町のほかに岐阜県白川村、徳島県上勝かみかつ町など七つの町村だけで構成されていましたが、次第に規模を増し、2000年代に約六十の町村が加盟するようになりました。

「失ったら二度と取り戻せない日本の農山漁村の景観・文化を守る」ことを理念に掲げた同連合は高く評価できる組織ですが、残念なことに連合に入っている多くの町村は従来の資源を自負することに留まり、景観管理に対する意識は不十分なことが多く、美しい(美しかった)村の景観はどんどん衰退している現実があります。そうした背景と、ニュースにもなっている美瑛町のオーバーツーリズム問題は私の頭に入っていたので、美瑛町がどうなっているのか、訪れる前は不安に感じていました。

 幸い、美瑛町はとてもきれいな状態で守られていました。日本の農地によく見かける金属製のガードレールやブルーシート、枠が錆びついたビニールハウスなどは見当たらず、管理が隅々まで行き届いているように感じ取れます。案内看板も木製フレームの落ち着いたデザインで、景観を邪魔することなく訪れた人たちを案内してくれています。

 美瑛だけでなく北海道全体にいえることですが、土地のスケール感は別次元です。たとえば国東半島で見た田染たしぶ荘の水田面積は九十二ヘクタール。周囲の森林や神社を含めた重要文化的景観の選定を受けているエリア全体では六百十二・八ヘクタールです。対して美瑛町では農地面積だけで一万二千六百ヘクタール。その規模感でこれだけ広く美しい景観が続くことは最高の贅沢です。

 農地では緩やかな丘がはるか彼方まで続き、丘の上に立つ一本(あるいは二本、三本)の木が空を背景にシルエットとなり、どこを切り取ってもすばらしい写真になります。これはインスタグラム時代にぴったりの景色だともいえます。

美瑛の丘
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ディープ・ニッポン

オーバーツーリズムの喧騒から離れて──。定番観光地の「奥」には、ディープな自然と文化がひっそりと残されている。『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』のアレックス・カーによる、決定版日本紀行!

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プロフィール

アレックス・カー
東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』(ともに集英社新書)、『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。
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