【青木理 特別連載】官製ヘイトを撃つ 第三回

「日本人の自覚」を求めるとむしろヘイトを煽る 元文部科学事務次官・前川喜平氏に訊く③

前川喜平 × 青木理

政や官が差別やヘイトの風潮を煽り、容認し、
日本社会に拡散させている

 

――教育行政にまつわる前川さんのお話をうかがい、あらためて痛感したのですが、巷に溢れるようになった差別やヘイトの風潮を考えるとき、やはり国家や政府がそれを煽ってきたのは間違いありませんね。まさに「官製ヘイト」であり、政や官が差別やヘイトの風潮を煽り、容認し、日本社会に拡散させてしまっている。

前川 ええ。それがいったい何なのかを突き詰めて考えると、要するに集団主義なんですよね。その集団の中でも最も大事とされるのが国家であり、民族といったものだったりする。そして国家の部品としてあるのが郷土だったり学校だったり、それぞれの家だったりするんですが、とにかく集団の中の一員としてのアイデンティティを持てと、そういう考え方を非常に強く植えつけようとする。「内」と「外」の区別を必ずつけさせようとする。そうなってくると、最後には『ちびまる子ちゃん』に噛みつくような極論すら出てきてしまう。「国境は友達の間にもあるんだ!」というような(笑)、本当にバカげた考え方にもなってしまう。

逆に言えば、そういう人たちは集団の一員としてのアイデンティティしか持てないんです。個としてきっちりとアイデンティティを持てない。だから集団に帰属することで自分の存在意義を示そうとする人間をどんどん育てていこうとしてしまう。

――それが時には集団の外部に対する攻撃性を高め、差別や排外主義の温床になってしまうわけですね。一方、帰属する集団内部の空気や上層部の意向を忖度(そんたく)したり、過剰に防衛しようとしたりする風潮も生み出すでしょう。先ほどから例に出ている日大アメフト部の一件はまさに典型例ですし、防衛省や自衛隊が政権を忖度してPKO派遣日報を隠蔽したり、財務官僚がやはり政権を忖度して公文書を改竄したりするような事態にもつながってしまうのではありませんか。

前川 そうでしょうね。文部科学省の役人を例にとれば、常に警戒と忖度というアンビバレントな気持ちを抱いてはきたと思うんです。特に右派からの政治的な圧力に対し、そのままズルズルと引きずられてはまずいぞという警戒心と、しかし何もしないわけにはいかないぞという忖度と、それが常にないまぜになって働いてきた。それぞれの役人の中にも、自分から進んで忖度するような者もいるし、できるだけ踏みとどまらなくてはと考える者もいる。

――それはどの役所も同じなんでしょうか。加計学園の獣医学部新設問題をめぐる情報の出方を眺めていると、政権の問題点を自ら告発した前川さんを筆頭とし、文部科学省にはかなり骨のある官僚が多い印象を受けました。

前川 文部科学省という役所には、権力志向の人間があまり入らないんです。私は違いますが、教員の子どもも多い。「実は親が組合運動をやっていました」というような人間もいますしね。

――確かに東大などを出てキャリア官僚を目指す学生に人気なのは財務省、通産省(現経産省)、総務省、警察庁などで、強大な権限や多数の天下り先を持っている役所ばかりですからね。文科省は少し毛色が違う。

前川 ただ、文部科学省でも偉くなるにつれて権力に近寄ったり、権力志向を持つような人間が出てくるのも事実です。具体的な名前だって幾人も挙げられますが(笑)。

――それもまた「一強」政権の悪弊なのか、前川さんの一件などもあり、教育行政を司る文部科学省の様子もかなりおかしくなっていませんか。先ほども話に出ましたが、退官後の前川さんが名古屋市の学校で講演した際、その内容を文部科学省が名古屋市教育委員会にしつこく照会したのには驚きました。いくら「イケイケコンビ」の圧力があったとはいえ、教育への政治介入になると突っぱねるべきでしょう。

前川 あれは本当に矩(のり)を踰(こ)えてしまいました。文部科学省の中には従来、ああいうことをやってはいけないという感覚があったはずなんです。政治家に言われてハイハイと応じ、あんなにえげつない質問状をしつこく市教委や学校に送りつけるなんていうことをやっちゃいけないという常識は、いまだってあるはずなんです。

だから本来はきちんと大臣に相談し、毅然と断ればよかった。当時の林芳正文科大臣はイケイケタイプじゃありませんから、「それはやらない方がいいよ」という判断をしてくれると思いますよ。こんなことをすればマスメディアが問題視するのでおやめになった方がいいとか、断りようはいくらでもあった。しかし、安倍チルドレンと呼ばれるような連中に迎合しようという気持ちが、やはり文科省の役人の中でも強まってしまっているのかもしれませんね。非常に残念なことですが。(了)

*次回は詩人の金時鐘氏の予定です。

 

 

スノーデン 日本への警告

 

メディアは誰のものか――「本と新聞の大学」講義録

 

ハッキリ言わせていただきます!

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【青木理 特別連載】官製ヘイトを撃つ

近隣諸国やマイノリティへの敵意を煽り、攻撃することで政治にまつわる不都合、問題から、不満をいだく民衆の目をそらさせる手法は古来、たびたび繰り返されてきた。 同時に、そうした姑息な政治的方便が、本物の憎悪(ヘイト)を生み出し歯止めがかけられなくなったとき、不条理で悲惨な弾圧や虐殺が引き起こされてきたことは歴史の常である。 これは現代日本も例外ではない。政治家、官僚、公共機関の長から一般にいたるまで。この国を蝕んでいるこの風潮の深層に、反骨のジャーナリスト青木理が切り込む。

プロフィール

前川喜平 × 青木理

 

前川喜平(まえかわ・きへい)
1955年奈良県生まれ。元文部科学事務次官。2017年に退官。著書に『面従腹背』(毎日新聞出版)、共著に『ハッキリ言わせていただきます!黙って見過ごすわけにはいかない日本の問題』(谷口真由美氏との共著/集英社)、『これからの日本、これからの教育』(寺脇研氏との共著/ちくま新書)、『同調圧力』(望月衣塑子氏、マーティン・ファクラー氏との共著/角川新書)等多数。

青木理(あおき・おさむ)
1966年長野県生まれ。ジャーナリスト。共同通信社社会部、外信部、ソウル特派員などを経て、2006年フリーに。著書に『日本会議の正体』(平凡社新書)、『安倍三代』(朝日新聞出版)、『情報隠蔽国家』(河出書房新社)、『日本の公安警察』(講談社現代新書)、共著に『スノーデン 日本への警告』『メディアは誰のものか―「本と新聞の大学」講義録』(集英社新書)等がある。

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「日本人の自覚」を求めるとむしろヘイトを煽る 元文部科学事務次官・前川喜平氏に訊く③