新・新孤立主義と『アイアンマン』
前回、20世紀〜21世紀的なアメリカン・ヒーローの基本形である、「共同体の法の外にいるがゆえにこそ、正義をもたらして共同体に変化をもたらすことができる」という型が、アメリカの国際政治における孤立主義と関係していると述べた。
その例として、1952年の『真昼の決闘』は、50年代に冷戦と朝鮮戦争などにおける新孤立主義を背景とするのかもしれないと示唆した。また2008年の『バットマン』も、21世紀アメリカの「孤立した正義」(これを新・新孤立主義と名づけるべきだろうか)を表現する作品だったと論じた。
ただ、20世紀後半から21世紀のアメリカは孤立主義であるどころか、介入主義ではないかと思われる読者もいるかもしれない。
ここで少し難しいロジックを理解していただく必要がある。問題になるのは、一方に明確な軍事的介入主義があり、もう片方にそれに対立する反介入主義(孤立主義、さらには平和主義)がある、という図式ではない。むしろ、後者の孤立主義的な感情(アメリカは国際政治という共同体の外側にいるべき)が一巡りして、介入主義を道徳的に正当化する(共同体から離れた一匹狼のアメリカこそが「正義」を体現できる)、ということがあり得るというロジックだ。
時代を隔てて、『アイアンマン』はこのロジックをみごとになぞっている。どういうことか、確かめてみよう。
『アイアンマン』は、まずは軍事的介入を行っている現状から始まる。主人公トニー・スタークは親から受け継いだスターク・インダストリーズで兵器を製造開発し、アメリカが海外で行っている戦争にそれを供給している。
2008年の映画版『アイアンマン』の最初の舞台はアフガニスタンである。1968年に発行されたオリジナルコミックス版の『アイアンマン』では、基本の物語は同じで舞台がベトナムになっている。つまり、いずれの作品においても、同時代に進行中であったアメリカの海外での介入戦争が背景になっているわけである。
さて、トニー・スタークは新兵器のデモンストレーションのためにアフガニスタンに赴いたものの、テロ組織の待ち伏せ襲撃に遭い、胸に爆弾の破片が刺さって重傷を負い、囚われの身となってしまう。そこで、テロ組織の捕虜になっていたホー・インセン博士は車のバッテリーと電磁石によって、破片がトニーの心臓に届かないような処置をする。
テロ組織は二人に、スターク・インダストリーズの新兵器を組み立てるよう命ずるが、二人はテロ組織の目をごまかして、超小型の熱プラズマ反応炉であるアークリアクターを作成してトニーの胸に装着。トニーはアークリアクターのエネルギーで稼働するパワードスーツを作り、それによってテロ組織の拠点からの脱出に成功する。
アメリカに戻ったトニーは、アフガニスタンで自分が売った兵器が民衆を抑圧している様を目の当たりにして反省し、スターク・インダストリーズの軍需産業からの撤退を発表する。それから、自宅で誰にも知られることなくパワードスーツの開発を続け、「アイアンマン」を完成させて、テロ組織との戦いに乗り出す。
以上が『アイアンマン』の基本設定である。この作品はまずは9.11への反応としてのアフガニスタンでの「対テロ戦争」(2001〜2021年)という軍事介入を否定する。軍需産業から撤退するというトニーの宣言は、非介入主義であり、さらには反戦主義や平和主義に近づくものである。
だが、それは単なる平和主義ではない。トニー・スタークは自らのアイデンティティを隠しつつ、密かに一人で「敵」を圧倒しうる力を手にして、それを行使する。ここには、前回確認した「孤立した正義」としてのヒーローが共同体の外側から新たな法と正義をもたらすというパターンが見て取れる。
であるなら、現実の戦争との関係で考えたときに、スタークの行動は反戦主義などではまったくなく、道徳的にも正義という観点からもあやしかったイラク戦争やアフガニスタン紛争を、否定しながら(否定することによってこそ)肯定する。そこには、先述のロジックが作動していることが分かるだろう。それは、介入主義を道徳的に肯定するための孤立主義なのだ。
MCU、DC映画、ウルトラマン、仮面ライダーetc. ヒーローは流行り続け、ポップカルチャーの中心を担っている。だがポストフェミニズムである現在、ヒーローたちは奇妙な屈折なしでは存在を許されなくなった。そんなヒーローたちの現代の在り方を検討し、「ヒーローとは何か」を解明する。
プロフィール
(こうの しんたろう)
1974年、山口県生まれ。専修大学国際コミュニケーション学部教授。専門はイギリス文学・文化および新自由主義の文化・社会。著書に『新しい声を聞くぼくたち』(講談社, 2022年)、『戦う姫、働く少女』(堀之内出版, 2017年)、翻訳にウェンディ・ブラウン著『新自由主義の廃墟で:真実の終わりと民主主義の未来』(みすず書房, 2022年)などがある。