現代社会と向き合うためのヒーロー論 第3回

二つのアメリカと現代のテーレマコス|『アイアンマン』『アイアンマン2』

河野真太郎

GAFA的な富とヒーロー

 この、アメリカの介入主義の正当化にはもう一つのレイヤーがある。介入主義と一緒に、あるものが道徳的に正当化されている。それは、「金儲け」だ。

 トニー・スタークは億万長者である。そこだけ取れば、バットマンのブルース・ウェインも同じである。つまりこれらのヒーローは生まれながらにして巨万の富を持っているが、そのことは彼らが仮面をかぶってヒーローとして社会の改善に身を捧げているという事実によって正当化される。

 そこに働いているのは19世紀以来の「慈善」のイデオロギーとも言える(その起源については金澤周作『チャリティの帝国──もうひとつのイギリス近現代史』(岩波新書)を参照)。

 だが、トニー・スタークについては、その「慈善」がどのように作用しているかを、もっと21世紀アメリカ的な、具体的な文脈で見る必要があるだろう。

 トニーは、カリフォルニアのマリブの風光明媚な海岸に大邸宅を構えている。マリブはロサンゼルス郊外の高級住宅地であり、ハリウッドのセレブたちが豪邸を構えているので有名な地区だ(ほかならぬロバート・ダウニー・Jr.自身がマリブに住んでいる)。

 トニー自身はハリウッドのセレブではないが、このマリブの豪邸が連想させるのは、ハリウッドも含めた西海岸的な富であろう。つまり、20世紀終わりから伸長してきた、現在ではGoogle、Apple、Facebook(現Meta)、Amazonの頭文字を取ってGAFAと呼ばれる(この略称は日本や欧州の一部でしか使われていないようだが)、ビッグ・テック企業の富である。

 ちなみに、『アイアンマン』の公開後、トニー・スタークのモデルは、実業家でGAFA的資本主義を体現するイーロン・マスクではないかともっぱらの噂であった。『アイアンマン2』ではそれを肯定するかのように、イーロン・マスクがカメオ出演をしている。

© 2022 Marvel

 この観点から見ると、トニーが軍需産業から足を洗うことには、また別の歴史的意味があるように思える。

 つまり、(現代兵器は高度なテクノロジーを必要とするとはいえ)ある種旧来的な産業である軍需産業から、よりスマートなテクノロジーによって富を蓄積し、世界を変えるような産業へと、スターク・インダストリーズが脱皮していく物語という側面を、『アイアンマン』は持っているのである。

 ここにはさらに、新旧の産業とそれを支えるエネルギーの転換が重ねられる。アークリアクターは、イメージとしては超小型の原子炉だ。かつての産業を支えた化石燃料とは一線を画した、スマートでクリーンなエネルギーのイメージである。

 ここまで見てくると、『アイアンマン』はある二項対立を構成原理とし、その対立を想像的に──というのはつまり、現実の解消不可能な矛盾を隠蔽する形で──解消しようとする物語であると分かるだろう。

 その二項対立とはすなわち、西海岸的で、スマートで、リベラルで平和主義的なアメリカと、南部的で、マッチョで、保守的で介入主義的なアメリカとのあいだの対立である(ここでの西海岸/南部はもちろん比喩である。ニューヨークなどの東海岸地域もリベラルであるし、「南部」は広い意味では現在ラストベルトと言われるような、かつて重工業で栄えた中西部〜中部地域も含意している)。

 トニーはまずは後者から出発し、アフガニスタンでの反省を経て西海岸的なリベラルさと平和主義に傾くように見える。だがそれで終わらず、結局は介入主義と平和主義とのあいだの矛盾を調停して介入を正当化していることは見たとおりだ。そこにはさらに、富を道徳的に正当化するというレイヤーが重ねられている。

 つまり、軍需産業による官僚主義的・国家主義的で暴力的な富の蓄積よりも、GAFA的なスマートな富の蓄積が道徳的にはより正しいものとされる。そのすべてが、トニー・スタークの「孤立した正義」によって正当化されるのである。

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現代社会と向き合うためのヒーロー論

MCU、DC映画、ウルトラマン、仮面ライダーetc. ヒーローは流行り続け、ポップカルチャーの中心を担っている。だがポストフェミニズムである現在、ヒーローたちは奇妙な屈折なしでは存在を許されなくなった。そんなヒーローたちの現代の在り方を検討し、「ヒーローとは何か」を解明する。

プロフィール

河野真太郎

(こうの しんたろう)
1974年、山口県生まれ。専修大学国際コミュニケーション学部教授。専門はイギリス文学・文化および新自由主義の文化・社会。著書に『新しい声を聞くぼくたち』(講談社, 2022年)、『戦う姫、働く少女』(堀之内出版, 2017年)、翻訳にウェンディ・ブラウン著『新自由主義の廃墟で:真実の終わりと民主主義の未来』(みすず書房, 2022年)などがある。

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