新しい資本主義の「精神」
ここには、20世紀から21世紀にかけて、アメリカだけではなく世界的に生じた資本主義の質の変化もまた、重ねられていると見ることができる。
それは福祉国家/フォーディズム的な資本主義から、新自由主義/ポストフォーディズム的な資本主義への移行である。前者が大きな政府と官僚組織のもとで、重厚長大な第二次産業の生産を中心とする資本主義であったなら、後者は小さな政府と民営化・市場の自由のもとで、サービス業やクリエイティブ産業、ITやバイオテックといったスマート産業が中心となるような資本主義である。
この移行の時期についてはさまざまな議論があるが、マルクス主義地理学者のデヴィッド・ハーヴェイは1972年という年号を提出している。ふつう新自由主義というと1980年代のサッチャリズムやレーガノミクスと結びつけられることが多いものの、社会や生産様式の変化はより早くから準備されていたと見るべきだろう(『ポストモダニティの条件』(ちくま学芸文庫)を参照)。
『アイアンマン2』冒頭でのトニーのセリフはこのすべてを要約しているかもしれない──曰く、「私は世界平和の民営化に成功したんだ」。
マックス・ヴェーバーは『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で、キリスト教のプロテスタントの道徳(倫理)がいかにして資本主義を正当化し推進する「精神」となったかを論じた。同じように、この新時代のGAFA的な道徳は、現代的な資本主義と、現代的な孤立主義に偽装された介入主義を正当化するのだ(以上の議論は図1を参照)。
この観点からは、トニーが女遊びが激しいマッチョな性格と、地下のラボにこもって技術開発に没頭するある種オタク的な性格を兼ね備えていることが、非常に重要だろう。この保守性とリベラル性、マッチョ性とオタク性とのあいだの調停の問題──これを考えるには、最後に、「父捜しの物語」としてのヒーロー物語という側面を考える必要がありそうだ。
MCU、DC映画、ウルトラマン、仮面ライダーetc. ヒーローは流行り続け、ポップカルチャーの中心を担っている。だがポストフェミニズムである現在、ヒーローたちは奇妙な屈折なしでは存在を許されなくなった。そんなヒーローたちの現代の在り方を検討し、「ヒーローとは何か」を解明する。
プロフィール
(こうの しんたろう)
1974年、山口県生まれ。専修大学国際コミュニケーション学部教授。専門はイギリス文学・文化および新自由主義の文化・社会。著書に『新しい声を聞くぼくたち』(講談社, 2022年)、『戦う姫、働く少女』(堀之内出版, 2017年)、翻訳にウェンディ・ブラウン著『新自由主義の廃墟で:真実の終わりと民主主義の未来』(みすず書房, 2022年)などがある。