被爆者の子どもに生まれて ルポ 被爆二世 第1回

私にばっかり背負わせないで

小山 美砂(こやま みさ)

生きた歴史をつないでいく

 典子さんは26歳の時に結婚した。結婚前、平和運動をともにした知人の男性に「僕は丈夫な子どもを産める人と結婚する」と言われたことがあった。その時は「なぜそんなことを言うのか」と失望したが、ある時知り合った被爆者の女性に「私は差別が怖くて結婚も出産もすることができなかった。あなたに好きな人がいるなら、私にできなかったことをやってください」と諭された時、典子さんは泣き崩れてしまったという。

「やっぱり心が傷ついていたんだね。不安もずっとあった。原爆を奇跡的に生き残った生命力の強い父の子だから大丈夫だと思ってきたけど、そうばっかりじゃなかったの。だけどその人の言葉に励まされて、5人も子どもを産んじゃった」

=2023年7月29日、静岡県磐田市で筆者撮影

 典子さんは大きな口をあけて、楽しそうに笑う。この笑顔こそ、差別に負けなかった証ではないだろうか。

 子どもたちはみな、彼女が「被爆二世」であることも積極的な運動を続けていることも知っている。中でも長男は、県内の被爆者が描いた「原爆の絵」を英文付きの冊子にまとめ、次男は会の集会にたびたび顔を出している。

「産んだらみんな『被爆三世』かというと、そうじゃないわけ。自分で勉強をして仲間と語り合い、ようやく三世になる。差別の嵐を味合わせたくないと言って子どもに被爆体験を話さない親が多いけど、そうなるとそこで途絶えちゃう。被爆者だ、被爆二世だ、と子どもに打ち明けることは、歴史をつないでいくこと。教科書じゃなくて、生きた歴史がつながれていくの」

 典子さん自身、後悔していることもたくさんある。もっとゆっくり、メモを取りながら体験を聞く機会をつくればよかった。手記を読み上げて録音してほしいという父の頼みを、ちゃんと聞いてやればよかった。家事や介護に追われて、そのすべてに応えることができなかったのだ。一緒にいられる時間は限られていると、わかっていたはずなのに。

「だから二世は、のほほんとぼんやりしてちゃダメなんだよね」

 自分を鼓舞するように、典子さんは言った。

 秀夫さんは2010年、病気の痛みに苦しみながら87歳で亡くなった。80歳を過ぎてから大腸がん、前立腺腫瘍、膀胱がん、その他にも数多くの病を立て続けに患い、診察室で「なぜ次から次へと病気になるんだ!」と叫んでいたという。父を看取った典子さんは、この悲鳴のような叫びに答えること――つまり、被爆による健康影響を追及し続けることが、「これからの私の仕事」だと考えている。

 被爆者の子どもとして生まれたのならば自動的に、平和への思いを強く抱くわけではない。典子さんの場合も、父への反発や周囲に打ち明けられないといった孤独感を抱えながら、自分自身で「被爆二世」として反核の運動に加わることを決めた。そして被爆二世としての人生を積極的に引き受け、父からのバトンを次の世代へと手渡そうとしている。

 被爆二世はひとくくりにはできない。典子さんも被爆者の子どもとしての側面しかないわけではないのに、その観点からインタビューすることを許してくれた。これから本連載に登場する「被爆二世」のすべてがそうだ。

 先にも書いたように、被爆二世だけが被爆体験や平和運動の担い手ではない。だが、典子さんの人生を辿ってみると、被爆者である秀夫さんの並々ならぬ思いを感じられたし、「被爆二世」特有の苦しみも確かにあった。被爆者を親に持ったからこその陰りがあったことも否定できない。だから私は、あえて被爆二世ということにこだわって取材を続けたいと思うのだ。

 次回は、被爆二世へのインタビューをはじめるきっかけをくれた人の話に、耳を傾けてみたい。

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(次回は3月中旬更新予定です)

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第2回  
被爆者の子どもに生まれて ルポ 被爆二世

広島・長崎に投下された原子爆弾の被害者を親にもつ「被爆二世」。彼らの存在は人間が原爆を生き延び、命をつなげた証でもある。終戦から80年を目前とする今、その一人ひとりの話に耳を傾け、被爆二世“自身”が生きた戦後に焦点をあてる。気鋭のジャーナリスト、小山美砂による渾身の最新ルポ!

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「黒い雨」訴訟

プロフィール

小山 美砂(こやま みさ)

ジャーナリスト

1994年生まれ。2017年、毎日新聞に入社し、希望した広島支局へ配属。被爆者や原発関連訴訟の他、2019年以降は原爆投下後に降った「黒い雨」に関する取材に注力した。2022年7月、「黒い雨被爆者」が切り捨てられてきた戦後を記録したノンフィクション『「黒い雨」訴訟』(集英社新書)を刊行し、優れたジャーナリズム作品を顕彰する第66回JCJ賞を受賞した。大阪社会部を経て、2023年からフリー。広島を拠点に、原爆被害の取材を続けている。

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私にばっかり背負わせないで