被爆者の子どもに生まれて ルポ 被爆二世 第2回

逃げちゃいけないと思いながらも……

小山 美砂(こやま みさ)

「被爆二世」と呼ばれる人たちがいる。両親またはそのどちらかが広島・長崎に投下された原子爆弾の被害者で、1946年6月以降に生を受けた。
 私は6年勤めた新聞社で、そして現在はフリーランスの立場で原爆被害の取材を続けている。だが、「被爆二世」という言葉の前では、立ち尽くしてしまうような気がしていた。なぜなら、その人生や価値観はひとくくりにはできないからだ。遺伝的影響やそれを巡る調査、そして被爆二世への援護を求める声を、どのように捉えてゆけばいいのだろうか。
「被爆二世‟自身”が歩んできた半生」に焦点を当てる本連載では、原爆と切り離せないルーツを当事者に聞き取ることで、原爆が次世代にもたらしたものは何かを探る。
 第2回で話を聞かせてもらうのは、「被爆二世」というテーマを考える上で、私にとっての原点とも言える人だ。

原爆と切り離せないルーツを辿って

 78回目の広島原爆の日を目前にした、2023年7月の真夏日。私は、前年まで勤めていた毎日新聞社の元上司とともに、広島市内の小さな山を登っていた。今日に限って、タオルを持ってくるのを忘れてしまった。前を歩くその人、宇城うじょうのぼるさんの額からも、大粒の汗がしたたり落ちている。

「原爆が落とされた時と同じ、夏の暑い日に歩くことに意味があるんや」。宇城さんは大阪社会部所属の「専門記者」で、原爆に関する話題を中心に書く。私にとっては「恩師」のような存在だ。広島出身なのに、会社関係の人と話す時は自然に出てくるという彼の大阪弁に耳を傾けながら、歩を進めた。あの日もこんな風に暑かったのだろうか。

=2023年7月26日、広島市安佐南区で筆者撮影

 私たちが歩いていたのは、原爆ドームから約4キロ北にある武田山だ。標高410.5メートル、最寄り駅から歩いて登山口に向かえる手軽さから、ハイキングコースとして人気がある。駅からはなだらかな斜面が続いていて、特産のパセリ畑と民家が続く。ふもとの駐車場から登ってきた私たちはおよそ30分で住宅街を抜け、桜の木が生い茂る「武田山憩の森」にたどり着いた。

 宇城さんの祖母キフミさんと父の勝眞かつまささんは、米軍が広島に原爆を投下した1945年8月6日午前8時15分、この「憩いの森」近くで被爆した。宇城さんは、いわゆる「被爆二世」だ。

 キフミさんは2013年に89歳で死去。勝眞さんは、2023年2月に78歳で旅立った。父を見送ってから、初めて迎える夏だった。

「自分のルーツを改めて考えてみたいなあ、と思ってな。君にも話したことがあるけれど、被爆二世の問題は難しい。どう捉えたらいいのか、取材すればするほど当事者として行き詰まってしまう。だけど現実に、被爆者の子どもだという事実からは絶対に逃げることはできないから……これは自分のルーツなりアイデンティティの問題で、とっても大事にしないといけない」

 私が同行を願い出たのも、宇城さんが「被爆者の子ども」として考えてきたことを聞きたいと思ったからだ。「被爆二世の問題は難しい」、「自分では書けない」という言葉は以前から繰り返し聞いていて、宇城さんほど長く原爆被害に向き合う記者がなぜそう感じるのだろうかと、私の中で引っかかっていた。同じ新聞社に在籍していた時は親に話を聞くような気恥ずかしさがあり、その真意を尋ねたことはなかった。だが、フリーランスとなってこのテーマを掘り下げようと決めた今、彼の話を聞かずしてこの取材を進めることはできない。

宇城昇さん=2023年7月26日、広島市安佐南区で筆者撮影
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 第1回
被爆者の子どもに生まれて ルポ 被爆二世

広島・長崎に投下された原子爆弾の被害者を親にもつ「被爆二世」。彼らの存在は人間が原爆を生き延び、命をつなげた証でもある。終戦から80年を目前とする今、その一人ひとりの話に耳を傾け、被爆二世“自身”が生きた戦後に焦点をあてる。気鋭のジャーナリスト、小山美砂による渾身の最新ルポ!

関連書籍

「黒い雨」訴訟

プロフィール

小山 美砂(こやま みさ)

ジャーナリスト

1994年生まれ。2017年、毎日新聞に入社し、希望した広島支局へ配属。被爆者や原発関連訴訟の他、2019年以降は原爆投下後に降った「黒い雨」に関する取材に注力した。2022年7月、「黒い雨被爆者」が切り捨てられてきた戦後を記録したノンフィクション『「黒い雨」訴訟』(集英社新書)を刊行し、優れたジャーナリズム作品を顕彰する第66回JCJ賞を受賞した。大阪社会部を経て、2023年からフリー。広島を拠点に、原爆被害の取材を続けている。

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逃げちゃいけないと思いながらも……