ニッポン巡礼 Web版①

近代化を免れた、かつての「王国」

山口県・萩【前編】

アレックス・カー

「西の京」の栄華を伝える五重塔

 今回の巡礼では、地方文明の栄えた、かつての「王国」を見てみたいと思いました。そこで決めた行き先が、山口県の萩でした。

 江戸時代の日本を振り返ると、背景には封建制が厚く横たわっています。京都には天皇と公家、江戸には将軍がいましたが、日本の国土は三百にも及ぶ大名によって統治され、地方ごとに政治や文化の特色がありました。日本は明治維新を迎えるまで、一つの国家というよりも、かつてのイタリアのように、三百諸侯による小さな王国が集まった状態だったのです。

 大阪や金沢など、江戸時代の大きな城下町は、もちろん今も日本に残っています。しかし江戸末期の開国以降、そのような都市は近代化が進むことで、たとえ遺跡が残っていたとしても、時代の重層的な深みは薄れてしまうことになりました。

 良いことか悪いことかわかりませんが、萩は明治以降、日本の主流から外れていったため、近代的な開発を免れ、大都市に発展することがありませんでした。観光地としては知られていても、歴史の表舞台からは消えていった町です。ここならば、江戸時代の地域文化に触れられるのではないか。そう期待して、京都から新幹線に乗りました。

 新山口駅で新幹線からレンタカーに乗り換え、萩に入る前に、まず山口市内にある二つのお寺を見に行きました。「瑠璃光寺(るりこうじ)」と「常栄寺(じょうえいじ)」です。

 江戸時代に萩を含む「長門国」と山陽側の「周防国」を領国としていた長州藩は、藩庁を萩に置き、山口は一種の「副藩庁」としての役割を担っていました。幕末に藩庁は萩から、その山口に移されています。江戸期は、長州藩の藩主として毛利家が君臨していましたが、関ヶ原の合戦以前に歴史を遡ると、室町時代、この一帯は大内家の管轄地でした。

 山口市は京都と似た地形をしていることから、大内家は室町時代の一四、一五世紀に、第二の京都となる「西の京」を目指して、碁盤の目状に町を築いたとされます。

 応仁の乱を皮切りに約一世紀半にわたって続いた動乱の時代、京都から山口には、多くの公家と、雪舟に代表される芸術家たちが流れました。そのため当時の山口は、京都以上に栄えていたともいわれています。

 ところが一六世紀に入って大内家は衰退し、また戦火の影響もあり、当時の栄華を今に伝えるものは、山口市内にはほとんど残りませんでした。

 瑠璃光寺の境内に残る一四四二年創建の五重塔は、その意味でも貴重であり、その姿から、かつての山口の隆盛を垣間見ることができます。

瑠璃光寺の五重塔。足元の池に写り込む姿も優雅で美しい

 この五重塔は日本に現存する五重塔の中で、十番目に古いものといいます。古さでいえば、奈良県の法隆寺(七世紀)、室生寺(八世紀)、京都府の醍醐寺(一〇世紀)の五重塔がありますが、瑠璃光寺のようなものは他にありません。

 屋根は瓦葺ではなく檜皮葺で、独特な軽やかさを感じさせます。檜皮葺が持つエレガンスは、平安時代の神社や宮殿にルーツがあり、この様式を「和様」といいます。「ニッポン巡礼」の第1回目で訪れた日吉大社(滋賀県)の東本宮にある社殿(桃山時代)や、石山寺(同)の多宝塔(鎌倉初期)の屋根もそうでしたが、檜皮葺の屋根には、どこか女性的な優しさが宿り、上品な雰囲気を醸し出すことになります。

 また、この五重塔は、下層から上層に向かうにつれて、心部がわずかに細くなっていくことで、すらりとした印象を見る者に与えます。軒にかけて緩やかに続く屋根のカーブには、繊細な躍動感があります。

 たとえば法隆寺の五重塔は中国様式で、屋根は瓦葺ですので、その印象は硬質です。室生寺の五重塔は檜皮葺の屋根で可愛らしい佇まいをしています。しかし、瑠璃光寺の五重塔が持つ、鳥の羽のように広がった屋根のラインや、塔自体のスケール感を考えた時、この「雅やかさ」を凌ぐものはないのではないでしょうか。

 (いにしえ)より五重塔は日本各地で建造されましたが、それらのほとんどは残っておらず、それだけでも現存のものは貴重な存在です。瑠璃光寺の五重塔には、私がこれまで見てきた中でも、群を抜いた美しさがありました。

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ニッポン巡礼

著名な観光地から一歩脇に入った、知る人ぞ知る隠れた場所には、秘められた魅力が残されている。東洋文化研究者アレックス・カーが、知られざるスポットを案内する「巡礼」の旅が始まる。

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プロフィール

アレックス・カー

東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『ニッポン景観論』(集英社新書)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。

 
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