ニッポン巡礼 Web版①

近代化を免れた、かつての「王国」

山口県・萩【前編】
アレックス・カー

毛利家の廟所はパワースポット

 独特の参道を持ち、立派なつくりの東光寺の廟所ですが、実は毛利家の藩主全員がここに祀られているわけではありませんでした。

 毛利家の廟所は山口県内に四ヶ所あり、東光寺では三代から十一代まで奇数代を祀っています。同じ萩市街の南西にある「大照院(だいしょういん)」にも、東光寺にそっくりの立派な廟所があり、初代秀就と二代から十代までの偶数代を祀っています。

 萩の城下町に位置する「天樹院(てんじゅいん)跡)」には、秀就の父、輝元の墓碑があります。十三、十四代の廟所は、最初に行った山口市内の瑠璃光寺境内にありました。これは、先に述べた通り、幕末に藩庁を山口へ移したためです。それにしても、さすが名高い毛利家の廟所。構造が雄大です。

 廟所というところは、亡き人の心霊が漂うパワースポットであり、かつ人生の儚さや死について考えさせられる一種の「瞑想の場」でもあります。日本に限らず、墓所の探訪は、現世を生きる人間にとって、意味深い人生体験とされています。たとえば倒れかかったまま地中に埋もれた墓碑群が印象的な、プラハのユダヤ人墓地。あるいは、皇室、公家、大名などの墓が立ち並ぶ高野山の奥の院への参道。

 樹木が茂り、雑草や落ち葉、苔などが自然な状態で残る場所に行くと、心霊の存在が私には感じられます。反対に、ピカピカに磨き上げられた真っ白な墓石の前では、心霊は空へと逃げてしまい、どんなに立派な場所でも心には響きません。ユダヤ人墓地や高野山奥の院の参道の大きな魅力は、そのような心霊の宿るところにあると思います。

 東光寺からすぐの松陰神社には松下村塾があり、連日観光客が押し寄せていますが、廟所のある東光寺を訪れる人はほとんど見かけず、苔むした灯籠からは長い年月を経た侘しさを感じました。その眺めに、私はより霊的な印象を抱きました。残念ながら、今回は大照院まで足を伸ばせなかったので、次回の楽しみにとっておきます。

 

構成・清野由美 撮影・大島淳之

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ニッポン巡礼

著名な観光地から一歩脇に入った、知る人ぞ知る隠れた場所には、秘められた魅力が残されている。東洋文化研究者アレックス・カーが、知られざるスポットを案内する「巡礼」の旅が始まる。

関連書籍

ニッポン景観論

プロフィール

アレックス・カー
東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』(ともに集英社新書)、『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。
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近代化を免れた、かつての「王国」