ニッポン巡礼 kotoba連載版③

能登半島(石川県)

アレックス・カー

能登は裏ではない。「表玄関」だ

 

 さらに南西、「九時」の方向に位置する「間垣の里」大沢へと向かいました。大沢は集落の手前が高台になっていて、海岸沿いの道路から港のある湾が一望できます。そのアプローチが劇的でした。

 ここでは、湾に沿って続く道路と集落の間に間垣が立てられていました。間垣とは、激しく吹き込む海風を防ぐ目的で、湾に面したところに竹で組んだ高い塀のことです。それによって、村を護るのです。私は以前に佐渡島の南にある漁村、宿根木(しゅくねぎ)でも間垣を見たことがありました。

 佐渡も能登も、間垣は京都の「建仁寺垣」に見られるような、竹を丁寧に組み込んだ美術作品ではありません。長さ・太さもまちまちの竹で組まれた、原始的でラフな印象です。間垣の上部は、竹箒(たけぼうき)の先端のように細い枝がふさふさと広がっています。

大沢の間垣

 地中海では、悪名高い「シロッコ」という風が、アフリカの砂漠から海を渡ってイタリアとギリシャに向かって吹きます。数週間吹き荒れることもあるこの風は、時には風速一〇〇キロメートル/時にも達する暴風です。慣れていない旅人の中には、絶えることのない海風に精神的にまいってしまい、ノイローゼになる人もいるようです。

 佐渡と能登は、どうやら「日本のシロッコ」が直撃する場所のようです。佐渡の集落に立つ間垣は南側、能登は西側と、風の通り道によって、それぞれの設置場所が変わるようですが、漁村の入り口に立つラフな間垣を見ると、海辺の生活は厳しいものなのだろう、と考えてしまいます。

 大沢から南に数キロ走ったところに、上大沢というもう一つの間垣の里がありました。集落の背後には高い山がそびえており、こちらも非常に印象的な眺めです。大沢と上大沢は、文化庁の定める重要文化的景観となっており、間垣だけではなく、民家の並ぶ古い町並みもある程度残っています。上大沢は大沢に比べると観光客が少なく素朴な佇まいで、その分、心に響きます。将来、もし私に「海の小説」を書く機会が訪れ、隠れた漁村に潜んで執筆するのなら、その時は上大沢に来たいと思います。

 上大沢を出て、「七時」の方向にある黒島(くろしま)町にたどり着いたころには、夕暮れがゆっくりと近付いていました。黒島は江戸期から明治中期にかけて北前船の港として繁栄した土地で、古い町並みが広範囲にわたり残っています。素朴な間垣の里とは違い、黒い瓦屋根とグレイの板塀を持つ立派な家々が、昔日の繁栄ぶりを今に伝えます。

黒島の町並みと日本海

 上大沢の話に戻りますが、大沢より南側に位置している上大沢はなぜ「上」になるのでしょうか。地元の方の話では、上大沢の方が都に近いから、「上」が付いたとのことです。一方で、「環日本海諸国図(別名、逆さ地図)」と呼ばれる地図があり、それを見ると、もう一つの見方が浮かび上がってきます。この地図は、私たちに馴染みのある地図の上下をひっくり返したもので、日本海を挟んで、中国と韓国の上側に日本が来ます。すると、京都や江戸は少し離れた存在になり、能登、佐渡をはじめ北前船の交易で結ばれた日本海の数々の港が中央に来ます。

 東京を中心にした現代の日本人の感覚では、輪島は「遠い」場所で、この地で洗練された漆器類が生産されることは不思議に思われがちです。しかし、視点を変えれば、能登半島は昔の日本列島の航路における要衝の地と、とらえることができます。東は「くちこ」漁村、北は棚田、西は絶景の続く海岸。そのような環境に囲まれた文化の町、輪島と黒島、間垣の里。能登の旅を終え、日本の裏や果てではなく、こここそが表玄関だと思うようになりました。

 

構成・清野由美 撮影・大島敦之

*季刊誌「kotoba」34号(2019年冬号)より転載

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ニッポン巡礼

著名な観光地から一歩脇に入った、知る人ぞ知る隠れた場所には、秘められた魅力が残されている。東洋文化研究者アレックス・カーが、知られざるスポットを案内する「巡礼」の旅が始まる。

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ニッポン景観論

プロフィール

アレックス・カー

東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『ニッポン景観論』(集英社新書)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。

 
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