これこそが、日本に本来あった森の姿
鳥取県のある山陰地方は、かつては「裏日本」と位置づけられていました。出雲系統の古い信仰や白兎伝説などがよく知られており、神仏習合の歴史も根強く残っています。
八頭町にある真言宗の「青龍寺」は、不動明王を祀(まつ)った本堂内部に、昔の白兎神社の本殿が移されています。青龍寺より南に走り、山間部に入ったところには、ダイニングアウトの会場になった「清徳寺」があります。ここも真言宗のお寺で、境内へつながる旧参道には古い石積みの階段があり、周りは立派なモミジの木々が広がる神秘的な森になっています。敷地には、後醍醐天皇が植えたとされる「お手植え銀杏」や、「鹿子(かご)の木」という奇妙な枝ぶりの古木も見られます。これらの巨木群は、鳥取県の天然記念物に指定されています。
清徳寺の木々の眺めは、ハリー・ポッターの世界に出てきそうな幻想的なものですが、実はこれこそが、日本に本来あった森の姿なのです。残念ながら現在、多くの森林は原生樹の伐採と、スギ・ヒノキの植林によって姿を変えてしまいました。特にお寺や人家の周辺では、原種の木がある程度残っていても、枝を落としてしまうので、本当の姿を見ることができません。その意味でも、非常に貴重な場所といえます。
文化体験は、決して有名な文化財や国宝に限定されるものではありません。一見何気なく存在している、このような場所も一つの自然・文化遺産といえます。こうした「神が宿る森」を見つけると、私は有名で立派な国宝を目にした時よりも、心が弾んでうれしい気持ちになります。
ダイニングアウトの準備で訪れていたころは、青々とした緑の森から木漏れ陽が差し込んでいましたが、今回の訪問は秋の終わりでしたので、紅葉した葉がわずかに残る程度でした。それでも、地面に落ちた葉には趣が宿り、同時に木々の枝ぶりをはっきりと見ることができたので、これもまた絵になる風景でした。
著名な観光地から一歩脇に入った、知る人ぞ知る隠れた場所には、秘められた魅力が残されている。東洋文化研究者アレックス・カーが、知られざるスポットを案内する「巡礼」の旅が始まる。