ニッポン巡礼 kotoba連載版④

八頭町、智頭町(鳥取県)

アレックス・カー

「草の屋根」の下で味わう山菜料理

 

 タルマーリーのような、若い世代による最先端の試みが見られる一方で、智頭町にはまた対照的な飲食店があります。町の中心部から北東側に位置する芦津(あしづ)渓谷の中にある「みたき園」です。芦津渓谷はトチや天然杉、ブナの巨木がある原生林で、紅葉の名所として知られています。

 みたき園は、そのような森の中に、地形を生かしたまま広く敷地を取っており、園内に古民家などが点在する作りになっています。敷地の脇を流れる北股川の上流に面しているため、川の清々しい空気も園内に流れてきます。足元にある苔むした石をたどりながら、小径を進んでいくと、木組みの小さな祠(ほこら)や、椎茸栽培用のほだ木がいくつも置かれたスペースがあり、素朴で温かい雰囲気です。

 ここは現町長の寺谷誠一郎さんが、町長に就任する以前に開いたところで、現在は夫人の寺谷節子さんが女将として采配をふるっています。

 鄙(ひな)びた門を抜けると、最初に視界に飛び込んでくるのは、大きな茅葺屋根の家。その屋根には、たくさんの草花や蔦(つた)がワイルドに自生しています。この光景は一九七〇年代に、私が徳島県の祖谷(いや)で、後に「篪(ち)庵(いおり)」となる古民家を見つけた時と重なって、懐かしい気持ちがよみがえりました。

みたき園の「草の屋根」

 屋根のことを考えれば、草花を自生させるよりも、きっちりと管理した方がいいのかもしれませんが、茅葺の民家ならば、室内でしっかり火を焚(た)いてさえいれば、煙と煤で屋根裏がコーティングされて、一定期間は丈夫な状態を維持できます。最近の日本では、茅葺のような自然の素材であっても、綺麗に「刈り過ぎ」「磨き過ぎ」てしまう傾向がありますが、みたき園は違いました。実際、屋根について女将の節子さんにたずねてみたら、手入れを怠っているわけではなく、このような自然の趣をよしとして、意図的に草花を残しているとのことでした。

 「草の屋根」は決して古式というわけではなく、エコロジカルな意味で最先端ととらえることもできます。近年では小さなデザイン住宅から巨大な工場の屋根まで、雑草や芝生を屋根に生やす試みを、世界各地で見ることができます。そのような建築が持つ大自然の息吹を、世界が好ましいものとして受け入れているのです。日本でも藤森照信さんの作品に、似た姿を見ることができます。

 みたき園は野趣豊かな山菜や川魚料理をメインにしていますが、この料理にも矜持が感じられます。食卓に並ぶのは、おひたし、てんぷらなど数々の山菜料理をはじめ、自家製の豆腐や味噌、漬物など。その日の山菜は、スタッフの家族が山から摘んできたと聞きましたが、都会では味わうことのできない、素朴でかつ洗練された味です。冬は山が雪に覆われることもあり、私たちが訪れた十一月の最後の週が、その年の最終営業週で、そこから三月いっぱいまではお休みするとのこと。滑り込みで間に合いました。

みたき園で供される料理

 みたき園は決して便利で訪れやすい立地とはいえませんが、県外からもお客さんが来て賑わっています。それは何よりも、女将の節子さんの努力と感性のたまものではないでしょうか。茅葺の家で囲炉裏を囲み、お話をさせていただいた節子さんは、チャーミングなお人柄で、同時に、料理に対して高い理想を持つビジネスウーマンでした。日本には、彼女のように教養高く、家政にも仕事にも能力を発揮する女性たちがいます。女子大で英文学を専攻されたとうかがいましたが、きっと欧米文化にも深く親しんでいるのでしょう。

 地域での最先端の取り組みが見られるタルマーリーと、伝統的な雰囲気のあるみたき園は正反対にも見えますが、自然の中に夢を見ていること、自然の素材を扱って手作りを徹底していることで共通しています。タルマーリーがこだわる野生酵母と、みたき園の草花が生えた屋根には、同じ哲学が流れています。さらに渡邉さん夫妻と寺谷さんは、ともにお客さんをしっかり喜ばせ、商いとしてお店を成立させています。地方創生のお手本といっていいでしょう。

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ニッポン巡礼

著名な観光地から一歩脇に入った、知る人ぞ知る隠れた場所には、秘められた魅力が残されている。東洋文化研究者アレックス・カーが、知られざるスポットを案内する「巡礼」の旅が始まる。

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プロフィール

アレックス・カー
東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』(ともに集英社新書)、『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。
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