──お話をうかがって、国際的に日本のシングルマザーがどういう状況にあるのか、よくわかりました。では、どうすれば、次世代への貧困の連鎖を止めることができるとお考えですか?
畠山 一番の突破口になるのは、やはり女子教育だと思います。結局、女性に対しての差別的な賃金も「女性の教育水準が低いから、高い賃金を出さなくていい」というロジックになっているわけです。女性の教育水準が改善すれば、女性への扱いがよくなるはずですし、シングルマザーへの厳しい雇用慣行が改められることも考えられます。「女の子に教育は要らない」というのは、シングルマザー問題の一番根本にあると思っています。
さらに言えば、企業や政府に頼るよりは、教育水準を上げる方がまだ実現可能性がある気がしています。女性が文科省に女子の教育水準をあげてくれと、がんがんプレッシャーをかけていく。私は女子教育の充実が、ちょっと時間はかかるかもしれないですが、シングルマザー問題の突破口になり得るのかなと考えています。
大学無償化は逆効果
──貧困の連鎖を断ち切るために教育が重要だというのは同感ですが、現実問題として、シングルマザーが子どもを大学まで行かせることが、日本では非常に困難になっています。
畠山 そうですね、貧困世帯への奨学金の拡充というのは絶対にやらないとまずいですね。貧困の連鎖って、続けば続くほど深刻化します。文化資本などがネガティブに蓄積されていくのを早く断ち切るためには、貧困世帯が煩雑な手続きを経なくても自動的に受け取れる奨学金の拡充が必要です。
申請型にすると捕捉率が低下するので、手続きを極めて簡易なものにして、かつ授業料だけでなく、生活費の面倒もみてくれるようなものがよいですね。
──授業料だけでなく生活費も、という発想は全くありませんでした。
畠山 授業料というのは直接の費用なのですが、大学に行っている時間、その子どもは働いていたら得られるであろう賃金を放棄して行くわけなので、これを間接費用というのですが、その分も奨学金として出すということです。間接費用の方が、直接費用よりずっと大きいわけです。間接費用を無視した、少ない額の奨学金では効果が薄い。ですから直接費用と間接費用の全部を総合して、かつ手続きが簡単で、貧困層が幅広く受け取れる奨学金の創設が必要です。
単純に大学の授業料をタダにしちゃうと、得するのは高所得者層。ゆえに大学の授業料無償化というのはむしろ悪で、貧困層が幅広く受け取れる奨学金を創設することで、シングルマザーの子どもが大学にいけるようになる方向が、効果を見込める策だと思います。
──親自身が中卒や高卒の場合、子どもに大学を望まないケースもあると思います。
畠山 高校での進路指導も大きいと思います。私が途上国の教育に関わった際、費用対効果が高い教育手法は、ロールモデルを紹介することでした。自分に近い立場、たとえば同じシングルマザーの貧困家庭で育ったけれど、社会的に成功している人のケースなどを教える場というのは重要です。相対的貧困に暮らすシングルマザーの子どもでも、大学に行こうと思えるような教育を充実させるというのもセットじゃないと、その前段階で大学に行こうとはならない。
──貧困家庭の子どもたちが行くのは大抵、底辺校と言われるところで、中退率が高く、高校を卒業できるかどうかというところにいます。
畠山 塾などに行くことができない、シングルマザーの子どもたちの低学力という問題はありますね。不利な生育環境など、年々増えるハンディを持つ子どもたちに対して、優しい教育に変えていく必要があります。
わかりやすいのが少人数学級です。たとえば経済的に豊かで恵まれた地域の子どもは一学級に50人、60人詰め込んでも、そんなに影響は出ない。これに対して、厳しい地区の学校で1クラス30人は無理ですよ。10人でも学級崩壊します。このようなことが全く、日本の教育政策では考慮されていません。
貧困層の子どもに対して、優しい教育政策がもっともっとできるはずです。ここに取り組んで行けば、進路指導にたどり着かない子どもを減らすことができるはずです。
母親のお腹に子どもが宿った時から大学まで、本当は大学院まで行けるがいいのですが、教育段階の間で各問題に取り組んで、かつ連携が取れたものにしていけば、かなり違ってくると思いますね。
普通教育の充実というのは、シングルマザーの問題に対して、時間はもちろんかかるけれど、他の方法より実効性が断然高いんじゃないかなと思います。
残念ながら、今の政府に社会保障などの制度設計はそれほど期待できないので、教育水準を上げるというところから着手すべきだと思います。そのために奨学金や教育環境など、やれることはいろいろあるわけです。制度設計がなかなか変わらない以上、やがてその制度を担う個人が変わるように、というのが教育ですから。
親と先生しか知らない子どもたち
──シングルマザーだけでなく、今の子育て、あるいは今の子どもに特有の問題というのもうかがいたいです。
畠山 今の子どもに特有ということで言えば、子どもに関わる大人の数が減っているということがあります。シングルマザーの子どもの教育がより難しくなっているというのも、昔よりコミュニティーの結びつきが薄くなっていることもあると思います。
良し悪しはともかく、子どもに関わる大人の人数という目で見ると、コミュニティーの力が落ちているのがわかります。
──とりわけ、二重働きを強いられるシングルマザーの場合、夜は子どもが一人で家にいるわけですから、孤独感は強いですよね。何より、当のシングルマザーが、「自己責任」圧力が強い社会の中で孤軍奮闘しているわけです。
畠山 そういう子どもや母親を支えることができる、コミュニティーの強化ができるかどうか。今の世代に特有の問題かと思います。
──確かに、課題集中校の生徒たちを見ていると、親と先生しか知らない子どもたちが増えていると思います。その先生でさえ、中学までは自分たちのことをきちんと見てもくれなかった、という疎外感もあります。
畠山 親と先生以外に、信頼できる大人といかに出会うか。どのようなコミュニティーを、どう復活させて行くのかが、重要な課題だと思いますね。自分の専門からは外れるのですが、コミュニティーの強化はどうすればできるのか、考える必要があります。
──今、課題集中校など大変な家庭環境の生徒たちが多い高校で、<高校内居場所カフェ>というものができています。学外のNPO法人などが高校側と協力して週に1回、校内にカフェを作る。飲み物とお菓子を提供し、そこにさまざまな大人がボランティアとして関わっています。親と先生しか知らない生徒たちがいろいろな大人と出会い、さまざまな人生のロールモデルを知ると同時に、いろいろな体験ができ、かつ、悩みを打ち明けることができる場にもなっています。
畠山 それは知りませんでした。そのようなケアアップできる場が作られ、そこに予算がつくのであれば、確かにコミュニティーの力を復活させることができるかもしれないですね。
──最後に、シングルマザーが人間らしく生きることができる、モデルとなる国とはどこですか?
畠山 北欧ですね。基本的に、不利な背景を背負った人が生きやすいのは北欧だと思います。
──日本も少しでも、その方向になってくれれば……。いろいろな気づきと重要な指摘をありがとうございました。
「母子家庭」という言葉に、どんなイメージを持つだろうか。シングルマザーが子育てを終えたあとのことにまで思いを致す読者は、必ずしも多くないのではないか。本連載では、シングルマザーを経験した女性たちがたどった様々な道程を、ノンフィクションライターの黒川祥子が紹介する。彼女たちの姿から見えてくる、この国の姿とは。