結局、長男は二浪した。一浪目は長男のたっての願いで予備校に通い、二浪目は宅浪で受験勉強漬けの2年間を送った。予備校の費用は「国の教育ローン」から、100万円を借りて支払った。
「国立の獣医学部は、とても厳しい狭き門でした。長男は遊ぶこともせず、毎日、必死に勉強していましたが、結局、私立の理系に進学しました。そこは、長男が希望していた大学でもあったのですが」
敦子さんは「国の教育ローン」から更に200万円を借りて、入学金と前期学費を支払った。「国の教育ローン」は当時、1人300万円までが融資の限度額なので、長男は限度額目一杯まで借りたことになる。
学費については長男も姉同様に、奨学金と塾講師のバイト代で賄うこととなった。
セーフティーネットが失われる
敦子さんがこちらの目を見据えて、訴える。
「2人とも成績がよく、必死に受験勉強をして、進学したのは有名私大です。『お金がないから、高卒で働いて』とは、とても言えませんでした」
敦子さんの瞳が涙でうるむ。
「だって、子どもが人生の選択肢を持てるところまで連れて行くのが、私の子育ての最大目標でしたから。これが、なぜ、ダメなのか。なぜ、許されないのか。母子家庭はこんな当たり前のことを、望んじゃいけないのですか」
敦子さんの悲痛さは当然だ。長男が18歳を迎えた年度が終われば、児童扶養手当も医療費免除も、水道代の基本料金免除も、ゴミ袋の支給もすべて無くなるのだ。
これから教育費がかかるという時期に、母子家庭をめぐる福祉のネットワークが一切消える。足元を支えていたセーフティーネットが、ばっさりと切られるのだ。
敦子さんはきっぱりと言い切った。
「これって、『母子家庭の子どもは、大学へ行くな』と、国に宣告されているのと同じですよね」
子どもの貧困が叫ばれて等しい。2017年6月に公表された、15年の子どもの貧困率は13.9%、7人に1人の子どもが相対的貧困状態にあるわけだが、ひとり親世帯に限ってみれば貧困率は50.8%、2人に1人の子どもが貧困だ。ちなみに、ひとり親世帯の約85%が母子世帯と推計されている。
国際的に見れば、日本のひとり親世帯の就労率は約82%と、OECD加盟国の中で最も高い(ドイツ、フランス、アメリカなどは70%未満)。にもかかわらず、相対的貧困率が群を抜いて高くなっている原因は、就労形態にある。母子世帯の就業者の約43.8%が、非正規職だからだ。
日本のシングルマザーは世界一働いているというのに、これほどまでに貧しい状態に置かれているのだ。
「母子家庭」という言葉に、どんなイメージを持つだろうか。シングルマザーが子育てを終えたあとのことにまで思いを致す読者は、必ずしも多くないのではないか。本連載では、シングルマザーを経験した女性たちがたどった様々な道程を、ノンフィクションライターの黒川祥子が紹介する。彼女たちの姿から見えてくる、この国の姿とは。