シングルマザー、その後 第2回

必死に働いて来た母親が見捨てられる

黒川祥子
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「母子家庭」という言葉に、あなたはどんなイメージを持つだろうか。「女手ひとつで大変そう」「お母さんが働いているあいだ、子どもはどうするの?」「家族観も多様化しているのだから、立派な生き方だと思う」……。

 古典的なものも、あるいは比較的おおらかな考え方も、イメージは様々だろう。しかしながら、シングルマザーが子育てを終えたあとのことにまで思いを致す読者は必ずしも多くないのではないか。

プラナ / PIXTA(ピクスタ)

 本連載では、シングルマザーを経験した女性たちがたどった様々な道程を、ノンフィクションライターの黒川祥子が紹介する。彼女たちの姿から見えてくる、この国の姿とは。

ビタ一文払わなかった元夫に、子どもたちを取られてしまった

 2019年の正月を、川口有紗さん(仮名 56)は暗澹(あんたん)たる思いで迎えた。

「大晦日も正月も、私はひとりぼっち……。何がめでたいんだろう」

 年末から持病の喘息が悪化し、咳が止まらないばかりか、風邪を併発して高熱が続き、八方塞がりの苦痛に絶望だけが募っていく。「いっそ、死んだほうがマシと思いました」と、有紗さんはそう口火を切った。

「シングルマザーとして、3人の子どもを必死に育ててきました。でも今は、塾代も学費もビタ一文払わなかった元夫に、子どもたちを取られてしまったんです」

 29歳の長男と26歳の次男は、元夫が経営する建築会社に就職、仕事から生活まで父親頼み、丸抱えにされている状態だ。唯一、三が日に顔を出してくれたのが、医療事務の正規職に就く28歳の長女だが、恋人がいるため、三が日を丸々、母親と過ごすことはできない。

「忘年会、新年会、家族旅行と家族の行事が元夫の家にはあって、『ちゃんと参加しろ』と父親が言うから、みんな、行くわけですよ。子どもたちが小さかった頃は、そんな行事はなかった。私より元夫の方が今では子どもたちと頻繁に会っている。旅行代も全部、父親持ちだし。娘も、父親に車を買ってもらっているからね」

 何のための、子育てだったんだろう。何のために、女手一つでがんばってきたんだろう……。家族が集う年始だからこそ、有紗さんはひりひりするほどの孤独に(さいな)まれる。

「子どもたちが小さかった時、家族のことなんか、何も考えなかったくせに……。子どもたちを育てる援助すら、何もしてくれなかったくせに、元夫は、私からどんどん子どもたちを遠ざけていくんです」

ワンオペ育児の最中にバレた夫の浮気

 25歳同士の“できちゃった婚”だった。交際期間は、わずか2ヶ月。妊娠がわかり、籍を入れた。

 有紗さんは26歳で長男を出産、翌年に長女、さらに次男を出産し、3人のほぼ年子を育てることとなった。ワンオペ育児のあまりの大変さに、当時の記憶はほぼない。

「年子が3人って、とんでもないです。夫が妻の負担を何も考えていない証拠です」

ペイレス / PIXTA(ピクスタ)

 祖父が興した建築会社に勤務する夫は、「下請けと飲みに行く」と連日連夜、午前様。休みは趣味の草野球と、子育てを手伝うどころか、有紗さんを気づかうこともなかった。

「たまに家にいても、夫のごはんの支度が大変なの。まずビールを出して、ビールにはビールに合わせたおかず。次に日本酒で、日本酒に合わせたおかず、次にお茶漬けで、お茶漬けに合わせたおかずが要る。締めくくりに食後のウィスキーの水割り。その時も当然あてがいる。買った惣菜を出すと『なんだよ、惣菜じゃないか!』と言われるから、手抜きなんかできない。『醤油、取れ』とか、目で指図されるのも苦痛だった」

 今なら、完全なモラルハラスメント(精神的DV)だとわかる。だが、当時は面倒だなぁと思うものの、離婚しようとは思わなかった。

 当時、夫が生活費として家に入れるお金は、8万円。これで食費から夫の酒代、子どもの医療費、雑費まで全て賄えと強要された。家のローンと光熱費だけは別に、夫が払っていた。ワンオペ育児で、大半が夫の酒代に消える8万円のやりくりに毎月苦しむという、専業主婦生活に甘んじてもいたが、すごく揺れていたと有紗さん。

「子どもが3人いるし、それもまだ小さい。経済的に一人でやっていけるかなと」

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シングルマザー、その後

「母子家庭」という言葉に、どんなイメージを持つだろうか。シングルマザーが子育てを終えたあとのことにまで思いを致す読者は、必ずしも多くないのではないか。本連載では、シングルマザーを経験した女性たちがたどった様々な道程を、ノンフィクションライターの黒川祥子が紹介する。彼女たちの姿から見えてくる、この国の姿とは。

プロフィール

黒川祥子

東京女子大学史学科卒業。弁護士秘書、業界紙記者を経てフリーに。主に家族や子どもの問題を中心に、取材・執筆活動を行う。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待~その後の子どもたち』(集英社)で、第11回開高健ノンフィクション賞受賞。他の著作に『子宮頸がんワクチン、副反応と闘う少女とその母たち』(集英社)、橘由歩の筆名で『身内の犯行』(新潮社)ほか。息子2人をもつシングルマザー。

 

 
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