そして、次のエレメンツは、4回転トウとトリプルトウのコンビネーションジャンプ。これまでの試合では、ここにトリプルアクセルを入れていました。
何より驚いたのは、2本目のジャンプであるトリプルトウの着氷後に、非常になめらかなツイズルを入れていたこと。従来のプログラムでは、2本目のジャンプの着氷後にはイーグルを入れていたかと思います。
2本目のジャンプの出来映えそのものが素晴らしいからこそ組み入れられる、余裕とスピードのあるトランジション。「4回転、3回転のコンビネーションジャンプ」という大技の後のトランジションに、これだけバリエーションをつけられる能力。そのどちらにも驚嘆するばかりでした。
コンビネーションジャンプから、次のエレメンツであるトリプルアクセルに行くまでの間、エッジを切り替えのひとつひとつと、ピアノの音が、非常に厳密にシンクロしていることにも、(羽生結弦のスケートを思えば「いつもながら」かもしれませんが)、見とれるばかりでした。
■フリー
もちろん、羽生結弦本人はこの演技に満足していない、というよりも「悔しい」という思いのほうが大きい演技だったかもしれません。
オータムクラシック、スケートカナダ、NHK杯、グランプリファイナル、そしてこの全日本選手権。3か月あまりで5度の試合という大変な過密スケジュール。特にNHK杯からだと、1ヶ月の間に3度の試合です。ふたつの試合は日本、グランプリファイナルの開催地のトリノ、そして練習拠点はカナダ……と、北半球のいちばん遠いところ同士の3か所を結ぶような移動距離。
グランプリシリーズで好成績を収めれば収めるほど、
「どこで体を休めればいいのだろう」
と思ってしまうほどの試合間隔になってしまう。これはトップ選手につきまとうジレンマかもしれませんし、そのジレンマは、選手としてのキャリアが長くなるほど、つまりベテラン選手ほど重いものとなってくるものかもしれません。
ただ私としては、羽生結弦が、平昌オリンピックがあった2017-18年シーズン以降でもっとも過密スケジュールの日々を過ごしても、大きなケガがなくここまで来たことを、何よりも安堵してもいます。
『羽生結弦は助走をしない』に続き、羽生結弦とフィギュアスケートの世界を語り尽くす『羽生結弦は捧げていく』。本コラムでは『羽生結弦は捧げていく』でも書き切れなかったエッセイをお届けする。
プロフィール
エッセイスト。東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業後、出版社で編集に携わる。著書に『羽生結弦は助走をしない 誰も書かなかったフィギュアの世界』『恋愛がらみ。不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』『愛は毒か 毒が愛か』など。