「それから」の大阪 第15回

川から見るコロナ禍の大阪 「御舟かもめ」の1年半

スズキナオ

私の住まいの近くを大川という川が流れている。琵琶湖を水源として大阪湾へと流れ出る淀川が明治時代の大改修によって現在の位置を流れるようになる前、かつての淀川の本流だったのがこの大川で、旧淀川という別称もある。

その大川の川岸は遊歩道や公園スペースとして整備されており、天気がいい日は川沿いを散歩して過ごすのが私の楽しみだ。ベンチに腰掛けてぼーっと川を眺めていると、時おり可愛らしいサイズの小型船が水上をゆっくりと走っていくのを見かけることがある。船首に近いスペースには、のんびりとくつろいだ様子の乗客の姿があり、「いつかあの船に乗ってみたいな」とうらやましく思う。それが私と「御舟(おふね)かもめ」との出会いだった。

御舟かもめは、大阪市中央区・京阪天満橋駅近くにある八軒家浜船着場を基点に、中之島周辺から毛馬方面、コースによっては道頓堀までを航行する小さな遊覧船である。もともと熊本県・天草で真珠の養殖作業に活用されていた船を川好きの夫婦が買い受け、改装した上で2009年に営業を開始したという。オープンデッキが5畳、建屋部分が3畳というコンパクトなサイズで、定員は10名。大川には屋形船から船上でバーベキューが楽しめるような大型のクルーズ船まで様々な船が行き交うが、御舟かもめはその小ささによってかえって目立っている。

その小さな遊覧船を運営しているのは中野弘巳さん、吉崎かおりさんご夫婦だ。

御舟かもめを運営する中野弘巳さん(右)吉崎かおりさん(左)の二人(2021年11月撮影)

二人が出会うきっかけとなったのもまた、大阪の川だった。若い頃から川に魅入られていた吉崎さんはかつて「大大阪クルーズ」というクルーズ船を運航していた。国の推進する都市再生プロジェクトの一環として大阪府が「水都大阪再生」を掲げ、水辺の有効活用をさかんに進め出した2001年頃のことで、吉崎さんが当時いた会社もそのプロジェクトに参加していたのだそうだ。一方の中野さんも川が好きで、川沿いの住まいを探し求めていた。中野さんが見つけた川沿いのマンションに後から引っ越してきたのが吉崎さんで、それが縁となって二人は結婚することなる。川好きの二人ゆえ、デートの行き先はいつも川。吉崎さんが運転する船に乗ってのんびり過ごすのが何より楽しい時間だったそうだ。

結婚後、二人の間に子どもができた際、吉崎さんはそれを機に船の運転をやめようかと考えた。しかしそれをもったいないと感じた中野さんは、それまで勤めていた会社を辞め、新しく船を買って二人で遊覧船をやっていこうと決意したという。その時たまたま売りに出されていた中古船を手に入れ、スタートしたのが御舟かもめだったというわけだ。

次ページ   「特殊やから支援も受けられない」
1 2 3
 第14回
第16回  
「それから」の大阪

2014年から大阪に移住したライターが、「コロナ後」の大阪の町を歩き、考える。「密」だからこそ魅力的だった大阪の町は、変わってしまうのか。それとも、変わらないのか──。

プロフィール

スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『QJWeb』『よみタイ』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『のみタイム』(スタンド・ブックス)、『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)がある。

集英社新書公式Twitter 集英社新書Youtube公式チャンネル
プラスをSNSでも
Twitter, Youtube

川から見るコロナ禍の大阪 「御舟かもめ」の1年半