「それから」の大阪 第16回

エメラルドグリーンの車で麺を届ける「太陽製麺所」

スズキナオ

変わりゆく新今宮で

――ひとつどうしても伺いたかったんですが、あの目立つカラーの配送車はいつから走っているんでしょうか。

「年代は正確にはわからないんですけど、40年ほど前ですかね。聞いた話では、うちの創業者が配送中に駐禁を切られて『仕事で配送にまわっているのに駐禁を切られるなんて』とすごくショックを受けたそうなんです。それでできるだけ目立つような、他にまったくないカラーリングで、『麺』と大きくペイントして、あのようなものになったと聞いています。これだけやれば仕事で使っている車だと分かるだろうと。もちろん、まったく通用しなかったんですけど(笑)。でも、途中からそれがかえって宣伝になったようなんです。町を走ってるのが目について注文が来るというようなことも多かったので、宣伝カーとしての意味を持つようにもなって」

――あの車の熱心なファンが私の友人にいて、自分でミニカーを塗装して似たものを作っていたりするんです。

「ああSNSで見ました! あれ、すごいですよね。うちの社員が見つけてきて『社長、トミカにお願いして作ってもらいましょう!』っていう話になったくらいでした(笑)」

――えー! それは友人も喜びます!ちなみに、会社が新今宮のこのあたりに移ってから40年ほどになるとのことでしたが、町の変化についてはどう感じられますか?

「変化はすごく大きいですね。僕自身、6歳までここに住んでいたんです。当時、社員寮に住んでいた方が僕の面倒を見て遊んでくれたり。その頃と比べると本当に変わってきたなと思いますね。すぐ近くに公園があるんですけど、当時はブルーシートがたくさんあって、そこで生活されている方も多かった。子どもが遊びやすいような場所ではなかったり、夜に歩くのはちょっと怖かったりしましたね」

――今はそんな雰囲気もほとんどないですもんね。

「僕が中学生だった20年くらい前まではあまり変わらなかった印象です。近くの公園でケンカがあって問題になったり、それがきっかけで柵が設けられたりして、少しずつ変わっていきました。この辺りって環状線もあって、御堂筋線も通っていて、難波も歩いていけるし、アクセスがいい場所なんです。それもあってだんだんマンションが建ってきて、今度は星野リゾートのホテルができますし、線路の高架下もこれから建て替えていくそうなので、さらに変わっていくでしょうね」

JR新今宮駅ホームから見える星野リゾートの観光ホテル「OMO7大阪」(2021年11月撮影)

――ここ数年でまた大きく風景が変わりそうですね。

「僕も毎日のようにここに夜までいますけど、今は特に危ないことはないんです。ただやっぱりまだまだ大阪の中では異質なエリアであることは間違いないと思ってます。『ヌードルツアーズ』の自販機を取材しにYoutuberの方が来られた動画を拝見していて、そこに寄せられたコメントを見ていると、『こんなエリアになぜ!?』とか『ドヤ街の希望!』とか書かれていたり(笑)。でもそういう場所にうちの会社があるということを僕は面白いと思いますし、そこで色々と面白いことをして、それを面白がってくれる方がいるというのは、僕はいいことのように感じますけどね。そんな街がこれからどういうふうに変わっていくのか、変えていけるのか、僕自身も楽しみです」

 

インタビューを終え、「古い建物ですけどよかったら見ていってください」という志文さんに社屋を案内していただいた。屋上に先々代と先代が連名で建てた鳥居があり、変わりゆく新今宮周辺を見下ろしていたのが印象的だった。

営業所の屋上にある鳥居の前に立つ志文さん(2021年11月撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、太陽製麺所の中華麺の中でも看板商品である「龍麺」と焼きそば用の「蒸しそば」を購入して食べてみた。かんすいが強めなのが特徴だという中華麺は、プツプツっと歯切れがよく、どんなスープにも相性がいい。ちなみに昔は、太陽製麺所の中華麺の成分配合を真似しようと、かんすいの入った段ボールが丸ごと盗まれることもあったらしい。それ以来、段ボールの表面にはあえてでたらめの成分を記載することにし、本当の成分配合は限られた人しか知らない企業秘密になったとか。

太陽製麺所の定番商品である「龍麺」と「蒸しそば」は通販でも購入できる(2021年11月撮影)

かんすいの風味が香ばしい「龍麺」(2021年11月撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生き馬の目を抜くような大阪の食品業界をしぶとく勝ち残ってきた太陽製麺所のしたたかさを垣間見るようなそんなエピソードを聞いたのを思い出しながら、いかにも中華麺らしき香りのするその麺を、じっくりと味わった。

(つづく)

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「それから」の大阪

2014年から大阪に移住したライターが、「コロナ後」の大阪の町を歩き、考える。「密」だからこそ魅力的だった大阪の町は、変わってしまうのか。それとも、変わらないのか──。

プロフィール

スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『QJWeb』『よみタイ』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『のみタイム』(スタンド・ブックス)、『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)がある。

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