大阪にも文化がある。なんでも許容するご機嫌な町じゃない
オフィスでお話を聞いた後、改めて居酒屋に場所を移し、松村さんと大阪の関わりについて聞くことにした。京都生まれの松村さんは、ずっと大阪に距離を感じてきたという。
――ご出身は京都なんですね。
「京都といっても市内じゃなくて、いわゆる碁盤の目の外なんです。京都の人って洛中と洛外をめっちゃ分けるんですよ。ニューヨークで京都出身の人と会った時に、『地元どこ?』って話になって、京都だと答えたら『京都のどこ?』って。『八幡市』って言ったら『ああ……』って。ニューヨークまで来てても、そこにこだわるんかと(笑)」
――碁盤の中と外の違いはすごく大きいと聞いたことがあります。
「自分にも京都の人間的なところがあって、御多分に漏れず大阪が嫌いだったんです(笑)。京都の人はまあ、大阪が嫌いというか、イメージがよくないっていうのはあって」
――たしかに、京都と大阪の溝もまた大きいと、それもなんとなく聞いたことがあります(笑)。
「でもインセクツを立ち上げて、仕事は大阪でしていたんで、大阪で遅くまで仕事して、会社に寝泊まりして、週末だけ京都に帰るみたいなのが割とあったんです。これあんまり意味ないなと。それで大阪に住むことになって」
――大阪に住んでどれぐらいになりますか?
「15年ぐらいですね。最初は(大阪市西区の)新町に住んだんですけど、そこよりも次に住んだ玉造がよくて、周りにたまたま知り合いもいたんで、そこからようやく大阪の昔の文化とか『こういう町です』みたいなのを知っていったというか」
――印象が変わっていきましたか?
「住み始めて4、5年経った頃から、仕事場のあった谷町あたりのお店の人たちと話していて、大阪って誤解されてるなって思うようになりましたね。いわゆるお好み焼きとかたこ焼きみたいな粉もんのイメージとかも、後から作られたものだったりする。そういうものも、なんでも許容するっていうのが大阪のいいところなんやけど、許容し過ぎてしまって、変なイメージだけが外に出てるなって」
――素の部分が伝わってないとは私もよく思います。大阪の人たちもあえてコテコテのイメージを演じるようなところがありますよね。
「そうそう。サービス精神が強いし、求められたら『あんたが欲しいのは粉もんのイメージやろ? ほな、それを見せたるがな』ってやってしまうから(笑)。京都の人はそこが違って『あんたらが何を求めてるかしらんけど、京都はこうやから』っていう、ある意味ブランディングができてるというか」
――なるほど。
「『お抹茶というものはこういうもので、うちはこうしてやってます』っていうところから始まるけど、大阪の人は『抹茶?緑色やったらええがな』とか言ってしまう(笑)」
――おどけてしまうというか。
「優しさというか。相手の欲しがるものを出してしまう感じが、よくもあるけど、誤解されるっていうのを強く思うようになりました。出汁の文化だって大阪で深まってきたものなのに、なんか京都にそのイメージを持っていかれてるし(笑)。そういうのをもっと大阪は上手に見せてもいいんちゃうのっていうのは思うし、東京でいう“粋”みたいな感覚って大阪にもあるよっていうことを伝えていけたらいいなって思うようになって」
――なるほど、その意志は『IN/SECTS』からも感じます。
「大阪を中心としたカルチャーもちゃんとあるよっていうのは伝えたいんですよ。『BMC(大阪の古いビルを愛する団体「ビルマニアカフェ」)』の高岡伸一さんと話していた時に、『大阪ってすぐ貴重な建築物を潰す』と、『でももう、それはそれでいい』と(笑)。『それが大阪のよさとまでは言えないけど、古くてデザイン性も高い建築物と、新しくてお世辞にも町並みに合わせたとはいえない建築物が横並びにあるのも面白さや』みたいな話を聞いた時に、そういう風にとらえんねやと思ったり。京都にはたぶんそれはあまりない感覚なんですよ」
――大阪には歴史とか古いものにあまり頓着しない感覚があるかも。
「それはそれで大阪らしさなのかもしれないですけど、最近、その流れに拍車がかかり過ぎていて怖いと思うんですよ。あまりに無節操な感じ。そこに対して、大阪には物を見る力があってずっと続いてきた文化もあるっていうことを、大阪の内にも外にも向けて言っていきたいんです。うわべだけすくったら、なんでも許容するご機嫌な町みたいに見えてくるけど、やっぱりそうじゃないし」
――私は古い町並みが好きなんですが、大阪に引っ越してきてからの数年でも好きな景色がどんどんなくなっている気がします。
「その変化に芯があればいいと思うんですけど、それが今はなくなってきてる気がするんです。大阪が今まで持ってたいいものも見つめ直さんとあかんと思うんですよ。食文化しかり、おでんの基礎を作ったのも大阪やったりするし、めっちゃもったいない」
――そういうことを堂々と言うことに対する照れも感じます。
「恥ずかしがりなんですよね。あと、大阪は勝手にやってる人たちがたくさんいるのがすごくいいと思います。勝手に商売したり、勝手に何か表現したり、『家の庭先が空いてるからそこで何か作って売ろか』みたいな、そういうノリでやり始めるのが大阪らしさやったのに、それが最近少しずつ減ってきてる感じもしているんです」
――若い人が小さな規模でもお店や表現活動を始めやすいというのはすごく大事ですよね。
「まだ家賃が東京に比べて安いんで、やれるんですよ。そういう、勝手にやってる人たちを後押ししていきたい思いもあります」
――すごくわかります。面白い人たちが個人個人で点在しているんだけど、もう少しそういうものを総括的に紹介できる人がいたらいいのにと思うことがあります。
「『KITAKAGAYA FLEA(インセクツ主催で毎年開始しているブックマーケット「キタカガヤフリー」のこと)』はそういう意味でもやっています。勝手にやってる人たちに集まってもらって、大阪だけじゃないですけど、こういう面白いものが今ありますっていうのが伝わったらいいなと。2016年から始めて、入場者数も徐々に増えたところでコロナがあって、オンライン開催にするしかなくなって、今年ようやく再開できると。今回どうなるかなと思いますね」
――大阪にはそういう、言い出しっぺというか、「なんかやるぞ!」という役割の人がもっと必要な気がします。期待しています!
2014年から大阪に移住したライターが、「コロナ後」の大阪の町を歩き、考える。「密」だからこそ魅力的だった大阪の町は、変わってしまうのか。それとも、変わらないのか──。
プロフィール
1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『QJWeb』『よみタイ』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『のみタイム』(スタンド・ブックス)、『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)がある。