「それから」の大阪 第22回

十三のエンタメ史と「第七藝術劇場」

スズキナオ

 十三は私にとって思い出深い町だ。大阪市淀川区の南西部にあり、すぐ近くを淀川が流れている。河川敷に出ると対岸に梅田の高層ビル群が見える。大阪に越してきたばかりの頃に始めたアルバイト先が大阪市北区の中津という町にあって、中津と十三は淀川を挟んで向かい合うような位置関係だったので、川を越えてよく遊びに行った。

 最初に十三を案内してくれたのは居酒屋情報に詳しい飲み仲間で、料理が安くてやたらと美味しい大衆酒場「十三屋」や、広い敷地に常連客がわいわいと集う角打ち「イマナカ」など、後々まで印象に残るような店をいくつも紹介してくれた。

「じゅうそう」と読むのだということすら知らなかった私が初めてその町を訪れたのは、「しょんべん横丁」の愛称で親しまれてきた飲食店街が火災によって一部が全焼してしまった2014年3月から半年ほどが経った頃だったろうか。駅前には無残な焼け跡がまだ生々しく残っていたが、それでもなお、十三は私にとって魅力的な町に見えた。

アーケードが長く続く十三本町商店街(2022年6月撮影)

 ハシゴ酒の末に記憶を無くしたり、友達とはしゃぎ過ぎて酒場の常連客に叱られたり、大阪での暮らしが思うようにいかず、橋の上を泣きながら歩いたこともある。振り返れば情けない思い出ばかりだが、素直な感情をさらけ出してしまいたくなるようなところが、十三の町にはある。気取らずに歩けるような親しみを感じるのだ。

 ここ最近、私が十三に行くのはもっぱら「第七藝術劇場」か「シアターセブン」で映画を見る時だ。どちらも、阪急十三駅から徒歩数分の位置にある「サンポードシティー」というビルの中の映画館である。「七藝(ななげい)」と縮めて呼ばれることの多い「第七藝術劇場」の運営母体である有限会社第七藝術劇場が2011年にオープンさせたのが「シアターセブン」なので、この二つは姉妹館のような関係だ。

 二館ともいわゆる「ミニシアター」「単館系映画館」で、社会的なテーマを扱うドキュメンタリーや、小さな資本で製作されたインディー系の映画を中心に上映している。

サンポードシティーというビルの6階にある「第七藝術劇場」(2022年6月撮影)

 ある時、第七藝術劇場に映画を見にいくと、受付に友人が立っていて驚いた。スタッフとして働いているのだという。以来、たまに映画を見に行っては顔を合わせるようになった西岡さんというその友人は、2022年にスタッフを辞め、現在はヨガのインストラクターをしているのだが、第七藝術劇場を離れた後も「よく社長とお茶してるんですよ」と言う。「社長」というのは、有限会社第七藝術劇場の代表取締役を務める松田昭男さんのことである。西岡さんによれば、社長は現在86歳で様々な経歴を持ち、十三の歴史を深く知る「めちゃくちゃ面白い人」だそう。

 西岡さんに頼んで松田さんを紹介してもらい、第七藝術劇場や十三の町の変遷についてお話を伺った。

 インタビューの前段として、松田さんが用意してくれた資料をもとに、第七藝術劇場とシアターセブンが現在の経営体制になるまでの歴史を簡単にまとめてみる。

 戦前期、1931年(昭和6年)から1944年(昭和19年)にかけて、十三には「十三劇場」「十三朝日座」をはじめとした複数の映画館が存在したという。そもそも大阪は、1920年(大正9年)に「帝国キネマ演芸株式会社」が設立され、1928年(昭和3年)には約一万坪の広大な敷地を持つ「長瀬撮影所」が現在の東大阪市に建設されて「東洋のハリウッド」とうたわれるような、当時の映画業界をけん引する都市だった。

 1945年の大阪大空襲によって十三の町の大半が焦土となったが、終戦の翌年、1946年には十三劇場、十三朝日座が再興され、その後も映画館が増えていく。そしてその十三劇場、十三朝日座こそが、後に改称したり業態を変えながら、現在の第七藝術劇場、セブンシアターが入るレジャービル・サンポードシティの前身となった。

 ちなみに「第七藝術劇場」という名前は、「十三朝日座」が1958年に「十三シネマ」へと、さらに1985年に「アップルシアター」へと改称した後、1993年になってつけられた館名だ。イタリアの映画理論家であるR・カニュードが著書の中で「映画は建築、絵画、彫刻、音楽、舞踏、文学に続く7番目の芸術」と位置付けたことに由来している。

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「それから」の大阪

2014年から大阪に移住したライターが、「コロナ後」の大阪の町を歩き、考える。「密」だからこそ魅力的だった大阪の町は、変わってしまうのか。それとも、変わらないのか──。

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プロフィール

スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『QJWeb』『よみタイ』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『のみタイム』(スタンド・ブックス)、『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)がある。

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