石碑に刻まれた、多文化共生への思い
街の歴史を知りながらさらに進むと、神社の境内が見えてくる。
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「ここが御幸森神社、正式には『御幸森天神宮』です。見ていただきたいのがこの石の柵です。2006年、この神社の本殿が有形文化財に指定された時に作られたもので、工事に寄付した氏子さんの名前が刻まれてるんですが、この界隈の焼肉店の経営者をはじめ、在日コリアンの方の名前が見えるんですね」
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「境内には1930年に築かれた灯篭や1970年に作られた石柵もありますが、そこにはそういった名前はない。神社の氏子や寺の檀家になるというのは昔ながらの日本の共同体の一員として迎えられているかどうかの一つの指標です。1930年でも70年でも、当時たくさんの朝鮮人がここに住んでいたけども、それは地域の一員としてではなかった。たまたま隣に住んでいるだけの人だった。ところがこの時代(2006年)になると共同体の一員として受け入れられている。こうした変化も見てとれる場所です」
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「鶴橋には夏のだんじり祭りがありますが、太鼓の叩き手やだんじりの引き手も、かつては日本人のものだった。それが在日3世、4世の代になってくると、ここで育ってお祭りを見てきた中で『自分はなんで引っ張られへんの?』っていう声も出てくると思うんです。そういうことが少しずつ地域のコミュニティに変化を生んできたんだと思います」
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神社の境内に建てられた碑の前で文さんが立ち止まる。「この地と朝鮮半島の古代からの繋がりを伝えるために作られたのがこの碑なんです。ここにある『難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今は春べと 咲くやこの花』という、日本を代表する和歌なんですが、この歌を詠んだのは王仁という渡来人であると言われているんです。それを万葉仮名、漢字とひらがな、そしてハングルで並記したもので、2009年に作られたものです」
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「その当時、日韓の外交関係が悪化する一方でした。世間でも、ヘイトスピーチ的な言論が出始めていた時期で、その時、すでにこの辺りは観光地として賑わっていたんですが、ここに訪れる人がピークの半分ぐらいに減ってしまいました。人々が韓国文化を敬遠するようになっていったわけですね。そのことを憂慮した地元の人たちが『国と国とは別として、私たち人間同士は古代から交流があったのだから、共に生きていこう』と、そのようなメッセージを発する意味もあってこの石碑が作られたんだと思います。碑を作るための寄付を募ったところ、あっという間に資金が集まったと聞いています。周辺に住む在日コリアンを含めた地域住民にとって、それだけ危機感も強かったんでしょうね」
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「その一方で、4、5年ほど前、2018年から19年にかけて日韓関係が悪化した際は、コリアタウンに来る人の数はほとんど変化がなかったんです。いい方に考えれば、国と国の関係と個人の関係を切り離して考えるような、反ヘイトスピーチ的な考え方が世間にも浸透してきているということかもしれない。また、そうではなく、若い人たちが今の情報をテレビでなくスマホで得るようになって、知りたいことしか知らないような状況ができて、嫌韓的なニュースがここに来る人に届かなくなったんじゃないかと分析している人もいます」
プロフィール
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1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『QJWeb』『よみタイ』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『のみタイム』(スタンド・ブックス)、『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)がある。