スペインへ逃げてきたぼくのはしっこ世界論 第4回

ポルトガルで、旅することの「後ろ向きさ」について考える

飯田朔

2 「楽しい観光」の裏路地で

 ポルトは歴史的なスポットが多く、多くの観光客が集まっていたが、結局ぼくの目に強く残ったのは、いわゆる「楽しい観光」とは違うこの街のべつの風景だった。

 はじめに目についたのは、観光客向けのレストランで働くアフリカ系の黒人の若者たちだ。ポルトには、街の中心を流れる大きなドウロ川沿いにレストランが集まっているのだが、夜Fと共に夕飯を食べる店を探していたところ、ウェイターやキャッチのほとんどが黒人の若者であることに気がついた。中には高校生くらいの年齢に見える少年も交じり、普段着のまま慣れない様子で働いている。席につく客はお金のありそうなヨーロッパ系の白人の観光客だ。

 2018年イタリアで政権交代があり、イタリア新政府が移民受け入れ拒否の姿勢を強めたことで、移民の多くがスペイン経由でヨーロッパ入りしており、スペインに入ってくる移民の数がどっと増えた。マドリードやビーゴといったスペインの比較的大きな都市でも、こうした若者らの姿を見ることがあるが、ぼくの住むサラマンカではほとんど見かけない。

 また二日目には街の観光地として有名な某書店と、ポルトガルの映画監督マノエル・ド・オリヴェイラが通ったという老舗の某カフェに行った。しかしどちらもぼくらのような外国からの観光客でごった返し、見物どころではない。書店はなんと数十分間列に並びチケットを買い入場するしくみで、すし詰めの店内には英語の本ばかりが置かれている(ように見えた)。一方のカフェもまた長蛇の列ができ、ウェイターが観光客の列を整理しながら徐々に入店させる状態だった。

 

 ぼくらがカフェの列に並んでいると、そばを通りかかった地元の老人が「こんな他のカフェと変わらない、値段ばかりが高い場所になぜみんな行きたがるのだろう」とこれみよがしにぼやいて去っていった(ポルトガル語だったと思うが、なぜかなんとなく理解ができた)。たしかに、地元の人たちからすれば店に入りづらいだろうし、街の歴史を背負った場所なのに、とやるせないものがあるのではないか。ぼくの地元である吉祥寺の再開発を思い出しつつそう思った。地元なのに、地元に居場所がなくなっていくような感覚はいま世界の多くの街であらわれてきている気がする。

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スペインへ逃げてきたぼくのはしっこ世界論

30歳を目前にして日本の息苦しい雰囲気に堪え兼ね、やむなくスペインへ緊急脱出した飯田朔による、母国から遠く離れた自身の日々を描く不定期連載。問題山積みの両国にあって、スペインに感じる「幾分マシな可能性」とは?

プロフィール

飯田朔
塾講師、文筆家。1989年生まれ、東京出身。2012年、早稲田大学文化構想学部の表象・メディア論系を卒業。在学中に一時大学を登校拒否し、フリーペーパー「吉祥寺ダラダラ日記」を制作、中央線沿線のお店で配布。また他学部の文芸評論家の加藤典洋氏のゼミを聴講、批評の勉強をする。同年、映画美学校の「批評家養成ギブス」(第一期)を修了。2017年まで小さな学習塾で講師を続け、2018年から1年間、スペインのサラマンカの語学学校でスペイン語を勉強してきた。
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