スペインへ逃げてきたぼくのはしっこ世界論 第4回

ポルトガルで、旅することの「後ろ向きさ」について考える

飯田朔

3 マナーとマナーのすきまを知る

ポルトでは、もうひとつ印象に残る出来事があった。

 Fとドウロ川沿いを二人で歩いていると路上でチュロスを売っている店がある。揚げたてのいい匂いが漂い、二人ですぐに買うことにした。ところがちょうど小雨が降り出し、空腹でもあったのでまずはレストランに入ることに。席に着き注文をすませると、Fが何気なくさきほどのチュロスの袋を取り出し、食べ始めようとする。ぼくは、レストランで外から持ち込んだものを食べるなどマナーとしてよくないんじゃないか、と心配になり、Fにやめるよう言った。Fはひるまず、チュロスを食べることの何が問題なんだ、という調子だったが、ぼくがしつこく繰り返すと、しょうがないなあ、とチュロスを袋にしまった。

 しばらくすると、ビール、ワインと、大きなイワシを焼いた料理、タラのグラタン、サラダなど注文した料理をウェイターの若者が運んできた。サラマンカのバルでは魚料理が少なく新鮮な魚介を口にすることがあまりないので、ぼくもFも夢中になって食べた。そのうち、気がつくとFが「ようし」といった調子で、例のチュロスを袋から取り出し、料理の皿のわきにのせ、魚料理と交互に食べ始めた。ぼくもそのときどういうわけかチュロスを袋から出し、おそるおそる皿にのせてみた。すると、ウェイターの青年が、「ナイスアイデア」とかなんとか、笑ってツッコミを入れてきた。そのときぼくはようやく、ああ、これはアリなのか、と思い、ちょっと茫然とした。

チュロスと魚料理

 ここは外国人の観光客が多く訪れるレストランだからマナーの面で寛容だったのかもしれない。とはいえ、このときぼくとしては不思議に思った。もしも日本のマナーでもなく、中国のものでもなく、ポルトガルのマナーとも一致しないとすれば何に基づいて「アリ」になったのだろう、と。この出来事は、大げさかもしれないが個人と個人の判断によって国と国のマナーの間をぬっているかのような感じがして面白かったのだ。それにしても、意外なことにイワシとチュロスの食べ合わせはなかなかのもので、店員も単純にそれが「おいしそう」だったから、「ナイスアイデア」と肯定してくれたのかもしれない。

 

 

 ポルトでは、アフリカからやってきた若者たち、世界中から集まる観光客、観光地化の矛盾をぼやく地元の人など、様々な立場のひとの姿が目に入ってきたことが面白かった。

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スペインへ逃げてきたぼくのはしっこ世界論

30歳を目前にして日本の息苦しい雰囲気に堪え兼ね、やむなくスペインへ緊急脱出した飯田朔による、母国から遠く離れた自身の日々を描く不定期連載。問題山積みの両国にあって、スペインに感じる「幾分マシな可能性」とは?

プロフィール

飯田朔
塾講師、文筆家。1989年生まれ、東京出身。2012年、早稲田大学文化構想学部の表象・メディア論系を卒業。在学中に一時大学を登校拒否し、フリーペーパー「吉祥寺ダラダラ日記」を制作、中央線沿線のお店で配布。また他学部の文芸評論家の加藤典洋氏のゼミを聴講、批評の勉強をする。同年、映画美学校の「批評家養成ギブス」(第一期)を修了。2017年まで小さな学習塾で講師を続け、2018年から1年間、スペインのサラマンカの語学学校でスペイン語を勉強してきた。
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