ウクライナの「戦場」を歩く 第6回

地下鉄ラビリンス

伊藤めぐみ

■壮大な街ハルキウは美しくひっそり

車はハルキウ州に入った。道路は綺麗に整備され、ここは本当に戦場なのかというほど静かだ。

検問を通り過ぎると、いつも「今、何語で話しているの?」としつこく尋ねる私にアンドリが教えてくれた。

「あのね、検問の兵士は最初はウクライナ語を話していたんだ。でも、話しづらかったみたいで、途中でロシア語に変えたんだよ。僕はウクライナ語で答えて、彼はロシア語で聞くんだ。それでいいんだよ」

結果としてお互いに意思疎通できれば言語は何でもいいのか。それにしても、最初はウクライナ語を話そうとした兵士の努力も、ロシア語を話せるのにあえて使おうとしないアンドリのウクライナ語愛も興味深い。

市内に入って驚いた。とても綺麗な街なのである。

ものすごく幅広い道路に、ヨーロッパらしい美しく堂々とした建築が並ぶ。ぱっと見は爆撃跡なんて全然ない。中心街の道には電飾が飾られ美しい。

電飾と古い建物が織りなす美しい街並み。改めて翌々日の4月22日に筆者が撮影

しかし異様であることも確かだった。車も人もまばらなのである。これほどの大都市であれば、平時なら相当な賑わいのはずなのに、本当に人を見かけない。空っぽの街なのだ。多くの人が街を出て行ったか、建物や地下鉄などにこもって出歩かずに過ごしているのだろう。

3月1日にミサイル攻撃のあったハルキウ州政府庁舎。外は瓦礫が片付けられていたが、中はめちゃくちゃだった。4月22日に筆者が撮影

先に到着していたソンさんたちの車に追いつく。彼らは地下鉄に避難している住民に医療物資を届けていた。避難希望者を集めたらすぐに出発すると言っていたが、忙しそうに行ったり来たりしている。

その頃のハルキウへの攻撃は「砲撃」だった。回数は日によって違うが、参考にしていた攻撃情報のサイトによると、1日に2回から5回くらいの砲撃を受けているようだった。

「ミサイル攻撃」と比べて、砲弾による「砲撃」の被害はまだ小さい。それにハルキウは巨大な街だから、運悪く当たる確率はものすごく低い。

でも当たれば死ぬ。私は恐る恐る車を出た。

地下鉄駅周辺には、不思議な雰囲気が漂っていた。緊張感はある。しかし、数人が階段の上でタバコを燻らせているのである。避難している人たちが気分転換に外に出ているのだ。砲撃されたらどうするのかと思うが、やっぱり新鮮な空気を吸いたいし、空も見たいのだろう。

私はアンドリとともに地下へ続く階段を降りて行くことにした。

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ウクライナの「戦場」を歩く

ロシアによる侵攻で「戦地」と化したウクライナでは何が起こっているのか。 人々はどう暮らし、何を感じ、そしていかなることを訴えているのか。 気鋭のジャーナリストによる現地ルポ。

プロフィール

伊藤めぐみ

1985年三重県出身。2011年東京大学大学院修士課程修了。テレビ番組制作会社に入社し、テレビ・ドキュメンタリーの制作を行う。2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ ~イラク戦争 日本人人質事件…そして~』を監督。同作により第一回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。その他、ベトナム戦争や人道支援における物流などについてのドキュメンタリーをNHKや民放などでも制作。2018年には『命の巨大倉庫』でATP奨励賞受賞。現在、フリーランス。イラク・クルド人自治区クルディスタン・ハウレル大学大学院修士課程への留学経験がある。

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