ウクライナの「戦場」を歩く 第6回

地下鉄ラビリンス

伊藤めぐみ

■地下鉄構内に広がるミニ都市

地下通路を歩き、地下鉄構内に通じるガラス扉を開けた。すると、そこには別世界が広がっていた。

改札口のある空間にたくさんの人が密集してマットレスや毛布を敷いて過ごしていた。子どもと女性とお年寄りが圧倒的に多い。ハルキウの街中の空っぽな様子と対照的で頭がクラクラする。暑苦しく圧迫感のある空気を感じた。防空壕の地下都市といった感じだ。

ハルキウの地下鉄の中の様子。安全のため地下鉄名などは明かさない約束で4月20日に筆者が撮影
改札近くでウノをしていた子どもたち。4月20日に筆者が撮影

改札のすぐ近くに子どもたちの集団がいた。一人の大人の女性を中心にウノをしていた。

「私は教師ではないけれどこうやって子どもたちと遊んでいます。学校に行けない彼らのために勉強を教える人や、運動を一緒にする人もいるんです」

女性がそう説明してくれた。戦争中でもウノをするのだということに私は感心してしまった。

アンドリが声をかけてみようと言うので、階段の踊り場にいた年配の女性の親子に話を聞いた。3月上旬からこの地下鉄で避難生活をしているらしく、1ヶ月もこのような暮らしをしていることになる。

「母の足腰が悪いので、家からシェルターに避難するのは簡単ではありません。だからここにいるんです」

旧ソ連時代に作られたシェルターや、食料保存用の半地下の部屋を持つ建物は多い。しかし、集合住宅の上の階に住んでいれば、特にお年寄りには避難が大変だ。

「ここでの生活で難しいことは何ですか?」と娘に尋ねると、

「平和がほしい。それだけ。それがあれば難しいことは何もない」

そんな言葉が返ってきた。

話をしているうちに、娘の目には涙が浮かんできた。自分にはどうしようもないことに巻き込まれてしまった混乱と惨めさを感じるのだろうか。

戦争とはこういうものなのかもしれない。突然、日常が破壊される。自分にどうにかできることは限られている。兵士になる、支援活動をするなどいくつかの選択肢はあるが、常に自分より圧倒的に大きな力の存在を感じざるを得ない。ただただ、終わるのを待つしかない。耐えるしかない。

どんな言葉も足りない気がして、彼女の目を見て握手をする。「私はあなたの言葉をちゃんと聞いたよ。あなたの痛みを私も感じたよ」と少しでも伝わればいいなと思ってそうした。

地下鉄に避難している年配の母娘。4月20日に筆者が撮影
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ウクライナの「戦場」を歩く

ロシアによる侵攻で「戦地」と化したウクライナでは何が起こっているのか。 人々はどう暮らし、何を感じ、そしていかなることを訴えているのか。 気鋭のジャーナリストによる現地ルポ。

プロフィール

伊藤めぐみ

1985年三重県出身。2011年東京大学大学院修士課程修了。テレビ番組制作会社に入社し、テレビ・ドキュメンタリーの制作を行う。2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ ~イラク戦争 日本人人質事件…そして~』を監督。同作により第一回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。その他、ベトナム戦争や人道支援における物流などについてのドキュメンタリーをNHKや民放などでも制作。2018年には『命の巨大倉庫』でATP奨励賞受賞。現在、フリーランス。イラク・クルド人自治区クルディスタン・ハウレル大学大学院修士課程への留学経験がある。

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