ウクライナの「戦場」を歩く 第6回

地下鉄ラビリンス

伊藤めぐみ

■9歳の男の子の言う「悪口」

改札階からプラットホームまで降りる。列車は運行を停止しており、車両の中で過ごす人もいるようだった。この駅以外にもいくつかの駅が避難シェルターとして使われており、似たような状況らしいが、この駅は小さくて古いわりに、多くの人を受け入れているようだった。

珍しがって子どもたちが何人かついてきた。大人ほどは今後のことを心配しなくてすむ子どもは時に明るい。

9歳になるニキータは薄い金髪でキラキラした目をしていた。ニキータはニコニコしてアンドリを見上げ、アンドリがその肩に手を置きながらおしゃべりしている。

この頃にはアンドリは「みんなが話しやすそうだから」と言って、ずっとロシア語を使っているようだった。言語へのこだわりはあるが、不安な気持ちを抱えた避難者が少しでも話しやすいようにしてあげたかったのだろう。

ニキータは地下鉄の車両で寝泊まりしており、そこまで案内してくれると言う。

ホームのベンチで座って本を読む人や、キャンプ用のテントを広げて過ごす人、マットレスの上で毛布に包まる人もいる。チェスをする男性たちもいた。戦争でも何か「やること」が必要なのだ。

9歳のニキータ。4月20日に筆者が撮影
チェスをする人。4月20日に筆者が撮影

ホームの奥の車両にニキータとお母さんが過ごす場所があった。

「こっちが、お母さんが寝るとこ」

青い座席の片側がお母さんの場所だった。窓枠にはハンドクリームや歯ブラシなど生活用品が並べられている。お母さんにも話を聞く。

「夫は家にいます。地下鉄での生活は空気も悪いし嫌だと言って、ここには来ないんです」

幸い、彼らのいる家のあたりには、今は砲撃はないらしい。

家族で一緒にいれば彼女も安心するし、夫も避難すればいいのにと思ってしまう。でも、彼にも考えがあるのだろう。キーウ近郊のロシア軍に占領された街では、住人が逃げた家は盗みに入られていた。

逆に逃げずに自宅に残ったことで、盗難を免れる人もいた。何十年もかけて築いた財産がそれで守られるのだ。もちろん、残ったことでロシア兵に暴力を振るわれ、殺された人もいる。みな先がわからない中で、いろんな選択を迫られているのだ。

ハルキウの地下鉄の中の様子。4月20日に筆者が撮影

子どもにはいつも何を質問すればいいのか考えてしまう。質問をすることで、余計に子どもたちを心配や不安にさせてしまうのではないかと思うからだ。

「何が起きているか知ってる?」

どうにかできた質問がこれ。車両まで案内してくれた9歳のニキータに聞いてみた。

「戦争」

一呼吸を置いてからニキータが続けた。

「……Baldが侵攻している」

一瞬「?」となった。お母さんがニキータに向かって怖い顔をした。Baldは、えーっと、日本語で言うと髪がない状態、つまり「ハゲ」という意味の英語だ。私がポカンとしているのに気づいて、アンドリが「プーチンのことだよ」と説明してくれた。

つまり「あのプーチンのハゲが侵攻した!」と言っているのである。9歳児に悪口を言われるプーチン。「ハゲ」はウクライナでも悪口言葉として使われるのかと、妙なところでまた感心する。

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ウクライナの「戦場」を歩く

ロシアによる侵攻で「戦地」と化したウクライナでは何が起こっているのか。 人々はどう暮らし、何を感じ、そしていかなることを訴えているのか。 気鋭のジャーナリストによる現地ルポ。

プロフィール

伊藤めぐみ

1985年三重県出身。2011年東京大学大学院修士課程修了。テレビ番組制作会社に入社し、テレビ・ドキュメンタリーの制作を行う。2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ ~イラク戦争 日本人人質事件…そして~』を監督。同作により第一回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。その他、ベトナム戦争や人道支援における物流などについてのドキュメンタリーをNHKや民放などでも制作。2018年には『命の巨大倉庫』でATP奨励賞受賞。現在、フリーランス。イラク・クルド人自治区クルディスタン・ハウレル大学大学院修士課程への留学経験がある。

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